2016年第1問「反知性主義者たちの肖像」④
【書きかたと模範解答】相手に届く、濃密で簡潔な論拠の書きかた

 課題解決型の対策はポイントが多くて大変ですが、ようやくここで記述をする段階に入ってきました。理路を明確にした、最短経路の記述解答を書きましょう。

 前の記事までの作業を通して『筆者自身の問題のとらえ方』いわゆる〝問題の本質〟が見えてきた人は、書かなくてよい些末な理屈というのがだんだんと分かってくるはずです。

 たとえば「三次関数の実数解の大小だけ考えればいい」とか、「AIに任せるから人間の住める環境を考慮しなくていい」とかいう解決課題を考えましょう。こうした限定された課題の問いかけに対して、研究者やその道の探求者である筆者としては、たとえ日本語の文章はヘタであったにしても、自分なりのアプローチを持っているわけです。

 そこにいちいち筆者の観点では必要とされない自分の常識や疑念を勝手に差し挟むことは馬鹿げていますよね。「そもそも虚数解に大小はあるのか」とか「人間の仕事の機会の保障をどうしてくれる」だとか、聞かれていないことを心配して戸惑ってしまう・時間を浪費してしまうよりも、筆者のアプローチがどういう組み立てになっているかをこちら側で読み取ってあげることのほうが先決です。

 書かれたとおりに細切れに文章を読むと〝議論の不備や分かりにくさ〟として感じかねない部分を、可能なかぎり自分に負担と時間を掛けずに構造化して読んでいくことができるかどうか。それが課題解決型の文章を読解するさいの大きな分かれ目になってくるはずです。

 ここでは、「必要な論拠を2行にきっちり盛り込むポイント」として、随筆の解法としてすでに授業でやってきたメソッドを拡張して見たいと思います。リーチが長くて一言で相手の主張の核心に届くような論理的な二行60字の記述解答を書くための具体的な方法を実際にやってみましょう。

2016年度第1問 内田 樹「反知性主義者たちの肖像」:
 ・複数の設問をセットで解く〝三段図〟の発展的な使い方
 (省けないはずの論拠の構成を、記述作業の過程で圧縮していくメソッド)

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☆新規ファイル☆論拠・テーマ入り三段図☆
☆三段図(2016年度第1問「反知性主義者たちの肖像」)
※前の記事に添付したものと同じPDFです※
【解説】東京大学2016年度第1問_内田樹『反知性主義者たちの肖像』※古い版でごめんなさい

〔論拠の飛躍への対処・論拠の簡潔な集約のためのポイント〕

 本試験を受験する志願者として、クリティカルシンキング型の設問のさいに皆さんが取り組まなければならないのは「筆者の説明が不足している・たどたどしい場合の、主張や条件設定の読み取りかたとまとめかた」についてです。

 以前、【お便りコーナー】でいただいた質問にあったのが、「どうまとめたらこういう解答になったのか、先生の解釈が入ったように見える答案の根拠を知りたいときがある」といった主旨の問いかけでした。

 お便りコーナー④で述べたように、論理的な抜け・漏れがない高密度な記述解答のためには、抜き出したセンテンスを並べただけで解答を成立させるということはまず無理です。こうした時に必要なのは、一つ一つの解答要素を、伏線関係や連鎖の関係にある複数の文脈のそれぞれに立脚した言葉として抽出していく作業です。

 例えば本文でいくと問1と問4、問2と問3などの解答要素が共通していることが自明になったあとは、伏線関係の文脈二カ所のあいだで類似する言葉遣いを見つけて、双方に共通する言い回しを紡ぎ出していくことが当然必要になってきます。一般的な〝意味段落で区切ってそれぞれのエリアで無難な言い回しに収める〟低次元な解き方のその先にすでに話は移っているわけですが、こうした深い関連性を答案で明確に示すには、より簡潔で包括的な論理的説明と、文脈が指示する具体物から抽象的テーマに通じる最短経路の関連性を示す必要が出てくるのです。

 これは、東大の文系旧第5問の随筆「山羊小母たちの時間」や、京都の第1問の小説「望郷と海」(ともに高1時の授業テキスト「高校現代文1」に所収)の授業のさいに学習した「三段図による〝中間的表現〟の解消」、というテクニックと関連しますが、憶えている・当時のノートがある人はラッキーですね。文系の人は、第4問随筆の対策という意味でぜひとも掘り起こして復習してください。

 これは3年前に考案した「〔テーマ、一般性〕←〔傍線部の描写説明〕→〔具象物、指示内容〕」という〝説明に必要な解答項目の関連づけ〟の展開図なのですが、手っ取り早くやり方を思い出すために、すんごい時間を掛けてこの文章の三段図を書いたので、添付のPDFを見てください。

☆新規ファイル☆論拠・テーマ入り三段図☆
☆三段図(2016年度第1問「反知性主義者たちの肖像」)
 この三段図は、上段〔テーマ、一般性〕と下段〔具体物、指示内容〕を中段の傍線部と関連する文中の項目に関連づけて見つくろったあとで、その上・下段の各項目を元々の傍線部の文構造に代入して(代入できない要素は修飾語として盛りつける)記述解答を得るというものですが、「すんごい時間を掛けた」というところが示すように、これを本試験の時間枠のなかできっちり書く時間はありません。あくまでこうした模式図が、特に文系第四問の随筆と、理屈っぽい近年の第一問論説文に「不備のない記述をするプロセスのイメージとして」必要だというだけです。

 随筆の場合は伏線関係をつなげばいいだけなのですが、今回のように論理的に入り組んだ文章の場合には、前提条件や場合分けを明確な順序やツリー構造に整頓して、それぞれの設問の傍線部が流れのどこにあるかを再認識するという作業が必要になるというところが大きく異なっています。この作業をしないと、見つけられる解答要素も見つけられず、読んだはずの論拠も自分の解答のさいに言語化されないという事態に見舞われるので、決して侮ってはいけないし、徒手空拳で立ち向かってもいけないのです。

 

 最初の赤色の囲みのなかに、すでに傍線部エ(問4)と文章後半にある「集合的叡智」の定義がまとめられているところに注目をしてください。意味段落で分けるのではなくて、伏線と論理関係の回収・整頓を済ませたあとに、それぞれの話題をまとめた図解になっているのが分かると思います。

 本文の話題を図に即して説明すると、以下の3つとなります。
①(赤枠)本文の「筆者の問題意識(二重囲み)」と主題「集団的知性」の定義
②(青枠)主題「集合知」の従属物としての「個人の知性」の定義
③(緑枠)問題意識上の「我々の内なる敵」=「反知性主義者」の評価・鑑定法の考察
 ポイントは話題③の緑枠だけが推測、憶測の域であり、傍線部アにまつわる曖昧なディスり文脈は話題②(青枠)のなかで自己解決しているということです。話題①のなかに本文の論拠の前提部分を整理し、話題②が後半10段落で実用上は解決していることが確認できたことによって、解答を作成するさいに無駄に迷う必要がなくなったのです。

 自身で本試験を解くさいにここまで話題が整頓できるかは問題ではありません。ここで確認して欲しいのは、
・三段図の上段を書く作業(整頓した話題とその論理展開)は百二十字記述(傍線部オ)の作業と共通なこと
・問1(ディスり始めの傍線部ア)よりも問4(ディスり解消後の傍線部エ)のほうが明確に書きやすいということ
・問2と問3は話題①(赤枠)を前提条件として、レトリック〈呪い〉を説明する高密度の設問であること
などの、無策な受験生に対して得点差を付けることができそうな箇所が存在する事実です。

 この記事で提唱しているのは、課題解決型の問題の最後の解法ポイント=「論拠の流れを正しく直す」ということだけです。三段図のレイアウトのイメージを目で見て覚えたあとは、この図を思い描くための手順のイメージトレーニングを行ってください。この手順を唱えることができるようになれば、本年度に至るまでのチートな解法のカリキュラムが修了できたということになるでしょう。

 ざっくりと手順を述べますと、
① 結論部近くのディスりの対立(ex3とex4)を先取りしつつ、全てのexのグループ分けをする
② exの読み取りから、筆者が解決を目指す課題の内容(知識人として「反知性主義」と戦う)を簡易的に把握
③ ディスりの解消に不可避となる主要な論拠(知性の集団性の定義)をあらかじめ課題解決の方針に織り込む
④ exグループの示す話題間の対立を、解決すべき課題の下位分類として解釈、位置づける
⑤ 本文中の主要な〈r〉を、課題解決の方向性(反知性主義者の鑑定法)と照らしながら要約する
⑥ [それぞれの傍線部の中間的表現]を[exが示す指示内容]と[関連する論拠とテーマ]に関連づけて記述

 以上のようになるかと思います。2019年度の〈はざま〉の文章は手順①②③を周到にやることで本文前半部の余分な論拠への手間を省いて、貧弱な後半の論拠を手順⑤複数の〈r〉によるテーマ連関の復旧作業によって補うという流れになるかと思いますので、夏の段階でやれば難しくてもしかたがなかったと思いますが、もう一度取り組めばそれなりに解答できる人も多く出てくることでしょう。

 今回の添付PDF「☆三段図PDF」の3ページ目には、s台青本の内容に加えて、K塾の解答速報の内容を掲載しています。本試験実施日の翌朝までにまとめられた解答という意味では、問4と問5(伏線の回収)については例年になく非常に質の高い答案になっていて好感が持てます。問2問3(課題解決の最終段階まで見すえた途中の話題の解釈)については残念ですが、K塾の答案で十分に合格答案になっていると言えるでしょう。赤本や青本の水準では合格までは遠いと言わざるを得ないので、こうした課題解決学習型の問題には「伸びしろの存在」をしっかり自覚して、工夫のある文章の読み解きを練習していくことが必要かと思います。

 私としても少ない教材で解き方のポイントを説明するために、当然ながら理屈っぽくならざるをえない解説を何度も書き直しました。枝葉にすぎない解説はこれでもだいぶ省きましたが、避けて通れない項目だけでもけっこうな数になってしまっていますので、とにかくまずは手順を学ぶことが必要かと思います。読むのも苦痛で腹を立てている人もいるかと思いますが、健闘を祈ります。

【この講座の標準解答】
問1
集合的知性を形成する一員として、他者から受け入れた情報を衡量
して自分の知的枠組みを刷新できるかためらわず確かめられる人。
問2
膨大な知識を持つ人間が単独で理非の判断を成立させることにより、
合意形成を目指す所属集団の知的意欲を全て挫いてしまうこと。
問3
独断によって理非の判定への関与を拒絶されることは、集合的叡智
を実現する知識人にとって存在意義の危機に相当するということ。
問4
周囲の者に本人の知的枠組みを超えさせる影響を与えることで、集
合的叡智としての知的活動を結果的に促進させる個々人の力のこと。
問5
知性が集合的叡智としてしか働かないことから、合意形成プロセス
に関わる集団全体の士気を事後的に下げるという個々人の知性の判
定基準の逆を以て「反知性的」と鑑定しているが、現状では反知性
主義者を見極めるうえで特に問題は生じていないということ。

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