言語による論理には後出しの部分がどうしても付きまとう―――2010年度第1問『ポスト・プライバシー』における読解の下処理は前回で終了しました。捉え方一つで読解の大きなハードルを乗り越えたあとに待ち構えているのは、「記述において何をどこまで書くか」という問題です。解答例を比較しながら、このオンライン講座の最終段階を完成させましょう。
東大の問題と他大の問題を見比べたさいにすぐ分かることは「傍線部が短い」「字数の制約が厳しい」の2点だと思いますが、「傍線部が長くて解答要素も多い」京大の対策の最終段階として思うのは「4、5本の設問傍線部だけでストーリーがほぼ見えている」ということ。対して、東大の問題ばかりを見ていたら、短い傍線部と手短に述べなくてはならない焦りから、〝これとそれは話題が別だ〟と早合点してしまうおそれがあるように思います。その早合点は知性の高さなどではなくて、むしろ自分で論理構成を追えない見通しの悪さや焦り、目的意識の乏しさを示すものだと言えるでしょう。
たとえて言うならば、いまセンターに特化、二次試験に特化、志望校に特化などと問題を切り分けて集中することは重要ですが、後半戦:志望校の二次を高得点で突破するために、それにふさわしいセンターの得点をここで獲りに行くわけですよね? 指揮官であるあなた自身としては、センターに立ち向かう理由は「足切りにならないように」でも「二次が苦手だから先に稼いでおくために」でも「いまはセンターしかないから」でもありません。
確かにセンター後の自分の状況がどうなっているかはやってみないと分からない。センター試験が全然ダメで二次試験にエントリーできないのではお話にならない。だけれども、〝全体を見極める自分の根幹の部分〟を見失った認識には何にも意味がない。ましてや、それで皆さんの知見やココロが分裂してしまっては本末転倒なわけです。
同じように、文章を統御する筆者本人からすれば〝違う話題〟なのではなくて〝別の分岐にある〟のです。ただし、言語による論理であるために〝話がどう終わったか〟が全体の構成を決定する部分を受け取る必要がある。
先の記事で論拠を察知したことの意味を生かして、分岐のポイントが明確に見えるような記述解答を作りましょう。
2010年度第1問
阪本俊生『ポスト・プライバシー』②(問1〜3解答編):
・上流から下流へ、論拠の流れが見える言葉づかいで書く
※良い答案を募集します(記事に追記して採点します)。メールやコメント欄経由で送ってください
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【解説、マークアップ】2010年度東京大学第1問「ポスト・プライバシー」
十二月です。現在三学期制のなかで講師をしているために不可避的に忙しく、諸対応遅れて申し訳ないです。
受験生にとってこの時期が非常に大切なのは自明なことなので、仕事で飽和していない先生を捕まえて、いろいろ対応してもらってください。
このオンライン講座においても、傾向が明確な年度の文章たちについて、抜本的な読み解きかたを解説し、他社さんの解答と見比べながら実力を練り上げていくのは年内までとしたいと思います。しっかりとたくさんの解答例を見比べておいてください。この段階で、方針を明確にしたうえでそれぞれの解答要素を幅のある書き方で柔軟にまとめていく感覚をぜひ身につけてください。
とくに理系で受験する人は、NYGの一月二月の講習スケジュールでは理科と数学重視になってしまうはずですから、センター前から「自分の言語力でそれぞれの要素を関連付けて書く」という意識でしっかりと構えて練習をしておくことが大切です。
年末年始センター試験までの期間は、私が二月にできないであろう不義理の部分、京大の系統の長文記述形式の出題について、いまの現代文読解戦略にあわせて記事を書きます。134組の人に少し読んでもらえたらいいなと思っています。総じて言えば、センター試験自体のじゅうぶんな対策をブログ記事の形式として展開する技量と余裕がないので、きっとまさにいま大量に解かされているであろうセンターパックをしっかり復習することをどうかお願いします。
センターのあとは近年の問題で総合力を問うものについて、必要に応じて皆さんの解答を10人程度見比べながら公開添削できたらいいなと思います。遅い遅いと思われているかもしれませんが、時間のかぎり頑張っています。
受験産業に関わる大人としては、今後の受験指導のために6点中4、5点といった感じの〝予備校よりずっと良いんだけどあとちょっとだけ惜しい匿名の解答例〟がもらえるとありがたいのです。下卑た話をして申し訳ありませんが、要するに遠慮することは何にもないので、ガンガンぶつかってきてもらいたいです。
さて、論理力を問う傾向があらわになっているこの2010年度ですけれども、国立大学が全国の重点的な公立高校に対してSSHをお世話していく流れが明確になった頃のものです。ロジカルシンキングの傾向は、大阪大学でも要求する解答が理屈っぽく変化した2008年度の『反歴史論』の段階ですでに濃厚であることを皆さんと確認したばかりですが、2007年度『読書について』から直球PBLの2011年度『風景の中の環境哲学』くらいまでの〝アクティブラーニング的作問の模索期間〟に、二次試験の傾向と対策の今年ならではのヒントがあるように感じます。2009年度の原研哉の『白』なんか超ベタな「究極の前提条件」と「条件分岐ⅰⅱ」を扱う超ストレートな題材ですけどね。ベタすぎる評論、しかも全体読むと大した文章でない、として高校の教員としては個人的に忌避していますが、設問の狙いとしてはこの2010年よりも難しくて2007年度『読書について』よりも明示的なので、今年くらいは直前で公開添削演習の題材にしてもいいかもしれません。
【2010年度 解答編】①(問1〜3)
この記事ではまず条件分岐(ⅱ)の手前までの解答解説を行っていきたいと思います。
解決課題と論拠の展開を念頭に置いて整序した左図の上半分に関係する説明ができているかどうかを、各社の解答例と〝い君〟の答案を検証しながらやっていきましょう。
記事のタイトルでも触れましたが、「段落区切りで手を打たないようにする」という基本方針は守りましょう。すでに場合分けに至るまでの論拠の整序を行っていますから、文中の要素のなかで作業工程上〝上流〟にあたる論拠をスムーズに持ってきて、明解な論理の道筋を説明することに注意を払ってください。
問1「内面のプライバシー」とはどういうことか、説明せよ。
解答枠は二行60字しかありませんが、ここは「解決課題」と「条件分岐ⅰ、ⅱの全貌」がはっきり見える解答になるように配慮すべきです。特に後出しの条件分岐ⅱ(電子情報としてならもっと客観公正に個々人の人格を知ることができる)を意識のなかに読み込んでおくことがポイントです。
〝内面の〟という記述に分岐ⅱ(〝履歴〟という客観的外面的なデータに直接アクセス)との対比が示されていることは言うまでもないでしょう。
主たる解答要素は各要素2点でおよそこのようになると思います。
a 本文の大前提としての解決課題
「社会的人格を知るうえで/その人の社会的な情報を得る上で」
b 条件分岐のうち、分岐ⅰについての説明
「それを司るとされた/その情報の責任主体として『内面』を持つ当のその人が、」
c 分岐ⅰにおけるプライバシーの内容説明
「一貫性維持のために齟齬を取り繕うことを暗黙のうちに認められた余地のこと。」
「現代思想の学習は社会の知性と倫理に還元されるべき」という旧世代的信仰においては、a要素はほとんど重視されてきませんでしたけれども、「個々のケース、解決課題にとっての論理を皆で築き上げていくべき」とするロジカルシンキングにおいては、b要素に至るまでの論理的な筋道の説明が重要になってきます。〝短期的なゴールであればあるほど〟飲み屋で人生を語って偉そうにしているおじさんよりも、その道を学びゲームのルールを熟知している熟達している若者・早期学習者のほうが強いというわけです。ここで言えば、〝本当のワタシ、か弱い自我〟=「プライバシー」なんて古い偏見の説明は誰も求めていないことをしっかりと念頭におけるかどうかですね。
また、解答の核心となるはずの要素c(旧い〝プライバシー〟定義の説明)は、旧世代的書き方においては辞書的な内容「守られるべき個人の内心の自由、秘められた部分」への置き換えを勧めるところかもしれませんが、主たる引用元(ボガード説)でも〝秘密の持つ魅惑は剥ぎ取られた〟とありますので、ここも辞書的な意味に寄り添うことなく、論拠の全体的構成の流れ(ab要素)に乗った本文中(前半1〜5段落、およびディスり文脈の果て8・9・10段落)の言葉で明解に置き換えていくのがよいでしょう。
加えて問二(傍線部イ)が論拠説明の問題になっていて、問一の内容説明とカブらないように配慮されているのにもちゃんと気がつくべきですね。傍線イの前後の「イデオロギー」や「道徳」が全体的に醸し出すものこそが〝心への(あるいは内面への)信仰〟なわけですから、123段落あたり(特に2段落の〝内面を中心にした同心円状のプライバシー模式図〟)で手を打っている解答は、456段落で説明されている「自己の統一性の舞台裏(問2で事情を解説する)」とその付帯状況ⅰ―a、ⅰ―b(ホントは信仰すべき内面など無いことなんか、隣人たちはお互いに分かっているということ)を見ていない、〝信仰〟ばかりで〝実態〟の説明の伴わない解答ということになりますので気をつけてください。
①1+1+0=2点
社会における自己の本質をなす個人の心が、身体や親しい人間関係などの私生活の領域の中心として他者から隠しておくべきものとされること。65字
②0+2+0=2点
近代において、社会的自己を形成する本質とされた個人の内面は、他から秘匿すべき重要なものと見なされたということ。55字
③0+0+0=0点
私生活、親密な人間関係、身体、心などといった、個人の内面を中心に同心円状に広がる私的領域、およびそれを守る権利。56字
10年以上前のK塾の解答速報は(特に科学技術系の論文に関して)クオリティーが高く侮れない印象があります(近年は単純にヒドイです)が、スタッフの世代交代なんでしょう、この年のK社の解答①は緩いです。S社(解答②)の〝社会的自己を形成する本質〟くらいは書くべきです。赤い本の解答③は、世間の常識を書いただけで読解の痕跡がありません。半端な理解で後出しで解答作っているのだとしたら論外です。
④0+1+1=2点
社会的自己の独自性と統一性を守るために、その基盤となる個人の思考や感情を外部から隠蔽し自己自身の統御下に置くこと。57字
⑤1+1+0=2点
近代になって個人の内面が社会的自己と結び付けられるようになると、社会的自己の本質である内面を中心として、私生活領域が秘匿されるようになったこと。72字
⑥0+1+0=1点
近代の社会的自己と深く結びつき、個人の内面を中心として同心円状の広がりを見せる、他人の視線から秘匿しておくべき私的生活。60字
条件分岐ⅰに相当する形式段落1〜5の論拠を全体的に俯瞰することができているのは、今回の場合はO文社の解答④だけですね。K社の解答①S社の解答②は3段落止まり、他社の解答は3段落の〝プライバシー意識〟の内容説明すらしていない状況です。解答④や⑥の要素aが0点なのは、前置きの目的「︙ために」や連体修飾による状況の説明が、「社会はその人の社会的自己を知りたがっている/内面自体には興味がない」という事実(文章後半の分岐ⅱになって初めて分かる)との関連性を結局はうまく伝えられていないため、得点を与えられないことに因ります。
⑦1+1+0=2点
個人の本質を内面に見る近代において重視された、同心円状に個人を取り巻く様々な個人的領域の核を形成する、嗜好や感情といった他者の目には秘すべき心的領域のこと。78字
い君1+2+1=4点
個人の本質はその人の内面を中心として形成されるという考えが普及すると、内面が自己責任で他者に見せない自分の側面を定め、それ以外を社会的自己とすること。
い君は3、4段落の〝自己責任で隠したい、守りたい〟さらに5段落の〝社会向けの自己を維持したい〟という「じつは社会的自己のほうが内面なんかより重要」という筆者の設定課題にリーチしているので、他社さんよりも圧倒的に筆者の主旨にかなう論述をしています。
改善のポイントは答案の前半〝個人の本質は︙だという考えが普及すると〟という記述解答内部の条件分岐を、筆者が本文冒頭で述べた古い説明から後出のより正確な論拠に差し替えること、そこが一番大事です。だいたい3段落の〝同心円状のプライバシー模式図〟など、このオンライン講座の実践問題『空間について』で打ち破ってもらったようにチャチな見取り図に過ぎないのですから、大切にしてくどくど述べる価値なんてありません。
その辺りを考慮しますと、K社の解答①や、T社の解答⑥は〝他者から何を秘匿すべきなのか〟について述べられた5段落や7段落(分岐ⅱにゲームのルールが切り替わったところのディスり文脈)の読解が一切できていないので、すっかり〝同心円状の模式図〟に欺かれたかっこうになっているのが滑稽です。筆者の語る論拠なのですから、ちゃんと問1から読み込んでおくべきです。
問2「このような自己のコントロール」(傍線部イ)とあるが、なぜそのようなコントロールが求められるようになるのか、説明せよ。
「なぜ︙か」の論拠説明については、論拠の集約説明なのは言うまでもありませんが、その作業自体は君たちにとっては今更問題ではありません。
論拠説明は内容説明の設問と言及範囲が実はカブっているさいに記述の方向性や解答要素を回避する〝大人の事情〟での出題のことが多く、そしてさらにその言及範囲がカブる対象が「前後の傍線部」に加えて「本文の構造部分(伏線の向こう側)」であることが重要なのです。ロジカルシンキングを志向する出題の場合は、後者の可能性が当然高まってきますので、〝各個撃破ダメ・ゼッタイ〟と思っておいてください。
それで、本文の構造とどうカブっているかについては、今回の場合特に分かりやすいと思いますのでここでしっかり練習をしておきましょう。
旧来の〝プライバシー〟という言葉の意味あいに〝周囲の人による配慮〟が付随するようになった経緯を述べている456段落の内容と同時に、それが不要になった後出しの条件分岐を説明する7段落、およびそこから逆算した1段落の設定課題「個人の本質=じつは社会的自己(個人の社会的位置づけや評価)」が、新旧のプライバシーの内容を説明したこの文章の骨組みということになるはずです。
そしてこの事後的な文章構成に配慮した〝じつは今や内面の葛藤など社会にとってはどうでもいい〟というところの内容整理が、作題者が設定する解答の配点対象要素となります。順々に文章を読み進めて、結末を知らずにウンウンうなりながら理屈をアタマで必死に掘り進めているあいだは、この配点に絶対に気が付きませんから、要素の一つに執着してこと細かに説明を展開してしまうことが多く発生します。他社の解答を他山の石として、自分の答案を磨くその眼を養いたいところです。
問2の解答要素としては、
a 本文の大前提としての解決課題
〝社会的人格を知る情報は、
b 条件の分岐するポイント
近代までは個人の「内面」が統括するものとして
c 分岐(ⅰ)における「旧プライバシー」の特性の説明
齟齬がないよう自身で取り繕うことが暗黙の了解とされていたから〟
解答の方向としてはこういうところかと思います。
「取り繕っても構わないと自他ともに許し合っている」というところに、暴こうと思えば暴ける(小分岐ⅰーb)のに道徳的にそれをしない(小分岐ⅰーa)という〝おもいやり〟〝デリカシー〟の意味での「プライバシー」の意味が発生していたのですが、これも問1と同様に本文の結論というか〝別の分岐〟である条件分岐ⅱの存在を把握して、そして「社会が、各個人の情報を知るためには」という、〝実はやたらショボい解決課題が設定されていたこと〟を確信してしまわなければ、なかなか明確に記述することはできないでしょう。
①1+2+1★=4点
近代では社会的自己が個人の内面によって形成されるという考えに基づいて、社会的に一貫した自己像を提示することの責任が個人に帰せられるから。68字
②0+1+1★=2点
社会が求める個人像は、各個人が内面によって自己を矛盾なく統括した、統一的な主体でなければならなかったから。53字
③1+2+1★=4点
自己は内面によって統括されるという考え方では、自己表現の矛盾は個人のイメージやアイデンティティや社会的信用を損なうから。60字
先行するK社の解答①は「社会的自己像の提示」を目的に据えた解答となっていますが、「自己像を提示すること」自体が本文全体の設定課題なのではありません。〝映える(バエる)〟という言葉のできる前の文章です。7段落以降の条件分岐(論拠②)を見てもらえば、課題設定としては〝客観的で公正な個人データであれば主観にまみれているのよりもそちらのほうがいい〟のがわかるはずです。
つまり、4段落「個々人の主体形成」が「内面」に統括されるという時代の考え方があるからと言っても、たかだか「社会が個々のデータを得るために(7段落、条件分岐ⅱに見える設定課題)」個々人が死ぬ気になってまで「アイデンティティを守らならねばならない」「個々人が一貫した人格であることに社会的な義務を追う」などということでは絶対にないのです。先ほどの採点c要素に「1★点」を付けているのは、作題者がここを厳密に考えているとしたら4段落に〝責任〟〝ねばならない〟と確かに言及されているにもかかわらず、設定課題のゴールが見えない半端な切迫感として描いてしまえば「分かってないナァ」の0点扱いになるはずのところだからです。
このニュアンス分かってもらえるでしょうか。例えて言うなら「君たちの合格が各人の責任になっているように教員からプレッシャーを受けるということ(NYGパワハラあるある)」と、「合否の確認を取るための担任の電話に君たちの命が本当にかかっているかどうか」とは全く別のことだということです。担任からすれば、情報を知ればいいだけの話、NYGのイデオロギーからすれば、とりあえず圧をかけてるだけの話です。君たちが自分の人生にどうこだわるかはこれらによる影響は受けるものの、用件が明確な電話に対して断片的な文脈に心を引きずられてしまうのは痛々しい勘違いというものです。
このように、8段落ex5まで読まない見通しの悪い人たちは、「自己像は個人が責任を持つ」というのは「自身の不一貫性を社会が許さない」という意味ではないということに小分岐ⅰーbを読んでも気が付かず、〝プライバシー〟〝プライベート〟がこれまで示してきた魅惑や神秘・秘密の部分(=5段落「見て見ぬ振りを相互に寛容に行う協力体制によって、自身の社会的自己を各人が各人のために取り繕っていく」)というデリケートな思いやりの説明までここで言及しようなどとは絶対に思いつかないことになるわけです。
これも〝話題が違うからそんな事書かなくてよろしい〟と過半の先生が仰ると思いますが、筆者の論のタイトル『ポスト・プライバシー』から行けば〝プライバシーそのものの変貌〟への道筋こそが、筆者自身も認める本文の論の骨組みになっているはずです(昨年度是枝裕和『ヌガー』で、タイトル『ヌガー』の意味に悩んでくれた人ならば誰もが理解してくれると思います)から、この辺の見通しはできれば各人で自分自身に求めていってほしいと思います。
ここは非常にデリケートな部分になったことでしょう。これはまちがいなく本文の論旨に関わる部分ですから、適当に書いたら減点どころか設問ごと0点で処理されても文句は言えないのです。そのリスクを考えたら、決して馬鹿にすることは許されない部分だと思います。
当時の作題者は、ロジカルシンキングの典型として出題して意気揚々と配点を決めたにもかかわらず、もしかしたら50枚に1枚ぐらいしかいない正答率の圧倒的な低さに頭を抱えたかもしれない。〝東大に入る層なのにこの程度もわからないのか〟と悪態をつきつつ、その後採点の水準を大きく下げたかもしれない。ここに傍線を引いて論拠を漠然と問うのは出題のしかたとしても曖昧すぎて解答に幅が出たことでしょうから、作題者にとっても得点率バク下げの悲惨な結果になったのではないかなと、国語の教員の皮膚感覚として私は推測します。
この2月の本番において、このようなキワモノの出題が出されるかどうか、当日皆さんがきっちりできるかどうか、またそこまでを加点対象として認識した採点が当日なされるかどうかは正直なところ何とも言えませんが、この辺の機微が分かるところまでいっぺん演習してもらえると、現代文のレベルは飛躍的に上がると思います。
④0+1+1★=2点
自己アイデンティティの根拠を内面的一貫性に求める近代社会では、各個人が自らの責任においてそれを保つべきだとされたから。59字
⑤0+0+0=0点
個人の私生活での行動と公の自己表現の矛盾が露呈すれば、自己の統一性という近代イデオロギーに背反し、社会的自己を維持できなくなるから。66字
⑥1▲+2+0=3点
自己の本質を内面に見る考え方は、統一的な自己像を求める観念と結びつき、その実現のために内面による自己の統括を不可欠の要素とするから。66字
⑦2+2+1★=5点
個人の本質を内面に見る近代社会においては、その内面によって自己の同一性を統括、一元的に管理して社会的信用を維持する責任を個人は負うと見なされるから。74字
配点解答⑤⑥は後出しの業者解答でありながら、先ほど述べた〝自分で取り繕ってもよい〟を〝取り繕わないと本当に終わる〟〝個々人の内的な矛盾によって社会やイデオロギーのほうが困る〟と完全に誤読しているところがとても痛々しい。⑤⑥は当該形式段落しか読まないがゆえに、社会にとっての義務、責任というレベルまで誤読が進んでしまっているのです。ここまで解答の結びの部分が間違っていたら、先述のとおり問2まるごと斜線を引かれて0点という採点も十分ありえます。
また局所的に言えば、各論を丁寧にまとめている解答⑥(Yゼミ)は、細部(4段落のイデオロギーとの関わり)の配点においては私が示した解答指針よりも加点がなされるかもしれません。ですが、「自己の本質を内面に見る」という主語は、おそらく暗に「本質を内面には見ない、求めない」と対になる言い方だと思いますが、外面から社会が読み取ろうとする対象は「▲その人自身の本質」ではなくて「その人についての社会的な情報」です。優秀な方が作成された答案だと思いますが、設定課題がズレてしまっているので、c要素に加えてa要素でもちょっと損してしまっています。
い君解答1+2+1〜2=4〜5点
近代において、個人は内面を中心として形成されると考えられており、自己の責任で意識的に個人が統括した行動が、その人の社会的自己を形作るとされるから。
い君の「自己の責任で意識的に個人が統括した行動」の部分には、4段落以降の〝個々人の裁量として相互に尊重しあう修正、改変の余地(自由)〟についての言及がなされていますので、本文の主旨を捉えたかなり優秀な解答ということができますね。設定課題「個人を知るには」の二つの分岐のうち分岐ⅱ(現代における流通する情報としての社会的自己)を類推させるための工夫があれば、ギリギリ配点いっぱいの優秀答案となると思われます。
問3「情報化が進むと、個人を知るのに、必ずしもその人の内面を見る必要はない、という考えも生まれてくる」(傍線部ウ)とあるが、それはなぜか、説明せよ。
分岐ⅱ(7段落移行)についての説明を中心に行う設問ですが、これも論拠説明として問われていますね。さきほども述べたように、論拠説明は適当に読むと空振りの可能性が高く、とっても怖いのです。
そしてさっきの問2の論拠説明はまだ序の口で、単純な情報量として〝本文の幹(設定課題)から分岐ⅰ(かつて個人情報はどう得られていたか)〟を盛り込めばよかったぶん、まだ難易度は低かったのです。
ところが問3では、さっきは受験生に必須として求められてはいなかった「分岐ⅰと分岐ⅱのあいだの違いとその意味」への説明が入るので、ますます本文全体の場合分けが視野に入ってなければ、全く違う〝森の中の一本の木についての微細な理屈の説明〟をたらたら書いてしまいそうですね。
前回の記事の説明で行けば、〝じつは本文は条件分岐があったんですよゴメンね☆〟というこの後出しの論拠が、ゲームチェンジャーとして一体何をひっくり返したのかまでを、加点される解答要素として認識する必要があります。つまり問4(分岐ⅰから分岐ⅱへの移行についての内容説明)とけっこう言及範囲がかぶっているから、論拠説明の出題にしてボカしてあるという〝大人の事情〟がここにもあるということです。
もちろん、問4と重複している解答要素というのは本文の主旨、すなわち「〝プライバシー〟が示す意味内容の変化」のことです。本文のタイトルからも、前回記事で行った本文の下処理の作業からも明らかですね。この説明でわかってもらえるのであれば、もう皆さんは大丈夫です。ロジカルシンキング系の出題で倍率2.8倍程度で負けることはありません。つまり必ず合格答案ということになります。冗談で言っているのではないよ。大丈夫、約束できます。
ここでの解答要素は、およそこのようになると思います:
a 条件の分岐ⅰの内容説明
〝(近代までの)個人の内面に則って主観的に統括/維持されたイメージよりも、
b 条件分岐ⅱの内容説明
社会の管理するシステム上に吸収、分析された個人情報のほうが、
c 本文の解決課題における意義、価値
その人の社会的人格としての公平性や客観性を保つことができるから〟
ここは二者の比較対照つまり批評が解答の方針となりますから、問題の全貌と価値基準が見えている人の独擅場(どくせんじょう・(慣)独壇場(どくだんじょう))となりますね。傍線のある7段落の語句だけで一応の理屈は組み立てられますが、この標準解答の情報量までに高めていくには、本文の下処理が不可欠になると思います。
①1+1+1=3点
内面を知るよりも、個人情報による方が、遥かに簡単にその人を理解でき、より客観的な人物評価につながると考えることもできるから。62字
②0+2+0=2点
情報化が進んだ社会では、個人はその内面よりも、データ化された個人情報によって把握できると見なされるようになるから。57字
③1+1+1=3点
個人を知るのに、その人の内面よりも個人情報の方が手軽で手っ取り早いし、より客観的で公平な評価が期待できるから。55字
各社とも批評を記述するスキルが低いですね。比較の対象と比較の観点が明確になるように書く練習を一度は実際にやってみるべきだと思います。書けているようで、全然書けていないことが大半です。周囲の友達2、3人に解答を見せてみて、冷静な意見を互いに出し合うのが良いでしょう。S社の解答②は「よりも(比較)」と「によって(論拠③:原因手段)」を曖昧に組み合わせることで〝比べているようで全然何を言っているか分からない解答〟になっています。
④0+2+0=2点
情報システムに登録された個人情報によってその人を知ることができれば、従来のように✕✕私的な関係を結ぶことで✕✕個人の内面を知る必要はないから。67字
⑤0+1+0=1点
情報化が進めば、個人を知りたい側は個人情報の利用を効率的とし、知られる側もそれによる評価を内面への評価より客観的で公平だとして、✕✕合意が成立するから✕✕。74字
⑥0+2+1=3点
個人情報の流通によって、迅速に、かつ主観を交えずにその人を知ることができ、より客観的で公平な評価が可能になると思われたから。62字
⑦1+1+1=3点
データ化された個人情報からは知りたいことを簡便に得られ、また他人の主観が混入する内面の評価よりも客観的で公平な評価が可能だという判断も成り立つから。74字
後発の模範解答④⑤⑥は意味段落ですっかり話題を切り分け、切り捨ててしまっており、近代までの〝内面〟により〝一貫性を整備された〟〝自己表現〟としての言動などという言葉がまったく拾えなくなっていることに皆さんは気が付くでしょうか。論点を自分で考えずに情報量だけ意識すると、後半意味段落だけにフォーカスされて変化の説明から遠くかけ離れてしまうのです。
例えて言うなら〝信号が青だから、交通量が片側だけ多くなるから〟みたいな子供じみた解答になっているわけです。〝片側って何の片側なの?〟〝「青だから」に呼応するのは何?〟〝交通量が多いってどういうこと?〟みたいにツッコミどころ満載で、本来の「交差点の信号が赤のあいだ滞っていた南北の車の流れが、青に切り替わって東西の通りの流れと入れ違いに動き出したから」みたいな全体の比較対照や観点の描写が損なわれてしまっているわけですね。意味段落読みの弊害というのはそういうことです。
い君解答 2+△1+2=5点
社会的自己を形成する物が個人の内面から情報を扱うシステムに移行することで、主観的な側面を省き、公平に社会的自己を評価できるとも言えるから。
い君のは「△情報システムが社会的自己を形成する」という言い回しに難があるところで1点減点をしましたが、設定課題における観点で比較対照がうまくできていますので出題の趣旨にはかなっていると言えると思います。
― ― ― ― ― ― ― ―
いやぁ、解説にもンのすごく時間がかかってしまって申し訳なく思いますけど、設問のコンセプトと答えの書き方について、各自いろいろと考えをめぐらし、自分の記述解答を点検しておいてください。この年度の解答解説は青木先生にしていただいていると思いますけど、それゆえに、ちょっと時間が経ったいましっかり振り返ってほしいのです。
問4、問5の解説は次の記事に回します。十二月中にがんばって仕上げるから、読んでくださいね。
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