2010年度第1問 『ポスト・プライバシー』③(問4,5解答編)
後出しの条件分岐、その先にある〈r〉の説明

 ここでは、3年前の放課後特講で添削指導した卒業生の答案を紹介しながら、これまでの授業やこのオンライン講座で示してきた読解と解答の水準と比較してみたいと思います。記述のスキルの細かい仕上げなのでちゃんと読んでね。
 〈r〉も極めた。PBL的出題でも歴代最高スコアを叩き出しましょう。 

2010年度第1問 阪本俊生『ポスト・プライバシー』③(問4、5解答編):
 ・後出しの条件分岐、その先にある〈r〉を説明する
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【解説、マークアップ】2010年度東京大学第1問「ポスト・プライバシー」

 「現代文困ってそうな人がいたら〝リメンバー・アキラ〟と告げてあげてください」などと言いながら十二月はほったらかしにしてしまい、逆に私をネタとして心配してくれたひともいたかもしれません。3学期制の2学期末の考査採点と平常点処理、誕生日ともろもろの記念日に道行く幸せそうな人々の群れ︙︙君たちと張り合うわけではありませんが、たしかに大変な一ヶ月でしたね

 さておき、このオンライン講座も〝今年の入試に向けて的中させる〟という意味で既に仕上げの段階であり、各人の記述のスキルを点検する最終段に突入しています。実際に文系で合格した3年上の先輩たち数名の十一月段階の解答を紹介しつつ、皆さんそれぞれが今どのくらいの位置にあるのか、めいめいどのくらいのレベルアップが必要なのか少し考えておいてください(意識付けさえ先にしっかりしておけば、センター試験の直後からでも問題はないはずです)。

 しかし、最終段階に近づいてくると原稿の準備もだんだん大変になってきて、自分でもオカシイな、変だな、オカシイな記事が上がらないなと怪談めいた悪寒を感じながら最近は文章を書いています。前回の記事を文字カウントしたらまさかの一万二千字超え︙︙文章を即解するスキルとそこで厳密な記述をするスキルとはまったくの別物ということを自分で書きながら改めて思い知らされます。同じ分量と水準の記事を何本も量産することはできませんが、皆さんのためになることを祈っています。

 
 さて残る設問、問4、問5百二十字記述は、〝論拠の整序をしたうえでのexと〈r〉のストーリー再構成〟を行ったうえで、論理展開の後半部分:条件分岐ⅱの説明において主要な引用(ex)部分として機能するW.ボガードの「プライバシーにまつわる状況の変化」についての発言の内容を説明し(問4)、それが設問によって補足され登場するたった一つのレトリック:〈r データ化された「分身」=〝データ・ダブル〟〉という言葉がまさに〝本文のキーワードのひとつ〟であることがわかるようにとして説明する(問5)という、問3から続く本文の条件分岐ⅱについての明確な解説のスキルが要求されるところになります。

 レトリックが出てきてますからなおさら、後半の意味段落しか読まない、意識しないのでは説明として不足することになるわけです。あらためて全体の論拠の流れを確認しながら〈レトリック〉がどのように条件分岐ⅱに関わり、そして〈r〉がどのように分岐の幹の部分(社会的自己を知るための手段についての、時代的な変化)に関わっているか、丁寧に記述する練習をしましょう。

 

 

 

 
問4「ボガードのこの印象的な言葉は、現に起こっているプライバシーの拠点の移行に対応している」(傍線部エ)とはどういうことか、説明せよ。

 プライバシーという言葉の定義の変化の核心を突くのが、この「プライバシーの拠点の移行という言葉です。

 〝プライバシー〟という言葉が社会の情報化によってまったく異なるものを指すようになってしまったのは、まさにそれが関わり、守るものが移行してしまったからなわけですが、主だった引用元であるW.ボガードの、この発言(添付マークアップPDFでいうとex5-6-8の中の、特にex5〝人に話せない心の秘密も、身体に秘められた経験も〟〝いまでは情報に吸収され、情報に定義される〟〝魅惑的な秘密の空間としてのプライヴァシー〟は〝もはや存在しない〟)は、exと〈r〉によるストーリーテリングの中で、筆者の本文における説明以上に正確に饒舌に本文のテーマを語ります。

 〈r ダブル(double)〉って言葉の意味を意識していますか? 自分の身代わり・代役ということですよね。徳川家康についてよく言及されるように、新しい時代、新しい社会にはむしろ自分の影武者こそが実体となって働き、その世界を背負って生きるということがあるわけです。その場合新しい社会秩序が警護するべき対象は誰なのか、それをどのように守るべきなのか―――それはこれまでとは当然まったくの別物になってくるということは想像に難くありません。
 論理的に説明できなければそもそも得点ができないのがこの2010年度第1問なのですが、こうした意味でいくとこの問4がこの年の小問のなかでは本当は最もリリカルであり、飛躍を読み取る力とともに、遠くまで届く描写を行う文章力(記述力+文学性)が必要とされる設問なのではないかと思います。

 

 そうは言いながらもとりあえず、たった2行関連3要素に本文主要要素の論拠の変化を詰め込むわけですから、問4の解答要素はおおよそ逆算すれば求められるというものでしょう。そこから答えを急ぐとすれば
a 分岐ⅰにおけるプライバシー定義の内容説明
秘密に配慮する/思いやる空間としての/という意味でのプライバシーは、
b 拠点移行の経緯説明
 (分岐ⅰ:各人の内面 → 分岐ⅱ:情報システムのテレスクリーン)

 社会的自己を管理する中心個人の内面から情報/データを管理システム上に移行することで
c 分岐ⅰの意味のプライバシー空間の消滅の説明
 (旧い意味のプライバシーが/)消滅したということ。68字

 ex5のボガードの説に単純に準拠するならば、以上のような解答要素になるでしょうか。ex5だけに限れば、旧時代の〝プライバシー〟は「空間」のことであり、それが「情報」に〝定義される〟とありますので、ここの文脈に依拠して記述するならば、プライバシーというものは〝空間から情報※に変わった〟ということをまず理解しなければならないのですが、それを文字通り受け取るだけだと右のb要素(〝プライバシーの拠点〟の変化)の説明のさいに言葉づかいで苦しむことになるかと思います。(※本当はさらにここに語弊があって「情報に関わるものに変わった」が正しいのだけれども、これも最後のex8や〈r〉まで読み解かないとわかりにくいので、二重に苦しむはめになる)理解で苦しみ、説明のための言葉で苦しむから、他の先生もよくおっしゃる「東大の問題はなんかなぜだかよくわからないけど難しい」という言葉は、この辺に原因があるのだろうなと思います。

 答えを急ぐとすればと言ったのは、〈r データダブル=自分の〝分身〟〉とex568(ボガード説)とのストーリーを着実に明確に編んでから解答を組み立てるほうが、説明のための言葉の引き出しが増えて、思ったよりも記述の段階で苦しまずにすむと思うからなのです。このあたりはこの記事の説明がもたつくのも良くないので、以降の各社の解答の添削、説明のなかで少しずつ解説したいと思います。

 
①KY2+1+1=4点
内面を核とする私生活としてのプライバシーが、情報システム内で用いられるデータの集積となったことは、秘められた価値の喪失を意味するということ。70字
②SD1+1+0=2点
プライバシーが外部の情報システムによる個人情報へと変換されることで、個人の内面はかつての秘密の魅惑を失ったということ。59字
③AK0+2+1=3点
プライバシーの拠点が個人の心身や私生活からそれを管理する情報システムへと移るのに伴い、その秘められていた時の魅惑が消えたということ。66字

 解答①のK塾と⑧のT社は、この文脈と傍線部において説明をなすべき項目の見当がついていて、丁寧に書けていると思います(⑧は76字なので減点が入るかもしれません)が、60字に収めることを率先垂範するs台の解答②や、そもそも文章力のない赤い解答③の説明に不足があることをよく確認してください。この設問は論拠が示すものと傍線部の主述関係が示すものが(傍線部文脈においては)異なっているため、字数的に関連3要素60字に落とし込むことが困難なのです。

 私が〝6点法〟と読んでいるのは、〝各要素2点✕3要素で、場合によっては見かけの配点を最大5点に圧縮する〟という世界史で実際に用いられている記述採点要領が現代文でも導入されているのではないかと推測して普段の添削で用いている採点の仕方のことです。世界史でその採点が導入されているのは、他校にて私の同僚だったある社会の先生が大学院生のときに入試で手伝わされた事実があるそうなので、信憑性は高いと思います。

 ここはコ系指示語の存在が当該段落の説明を強制しているので、先に示しただけの論拠はいずれも〝加点に値する解答要素〟になるでしょう。ただ全てを書くためには私自身も70字くらい必要になっており(主語を2つ立てる必要があるため)、この辺から「加点法で最大5点」のような設問が実在するのではと考えているわけなのです。

 
④OB0+1+▲0=1点
個人の本質が情報システム上のデータへと還元されるにつれ、私生活の秘密の保持よりシステムのセキュリティが重要な価値を持つようになったこと。68字
⑤KD0+2+0=2点
プライバシー保護の対象が、個人の内面や心の秘密をとりまく私生活から、それらを情報化した個人情報を管理する情報システムへと転換されつつあること。71字
⑥MJ:計測不能
インターネットの知は個人が責任を担わない無人称の皆が共有できる総合知で、変化する現実に即応し更新され続ける永遠に未完の知であること。66字

 解答⑥(MJ書院)はもはや本文の読解を放棄しているので論外として、解答③④⑤は傍線部の直接解答要素の主語(=このボガードの言葉が示す、従来型のプライバシーの消滅)と述語(=それが関わる)についての言及がありません。S台の解答②は主語述語を取り違えており、O文社の解答④は対比の相手(新しいプライバシーの動向)だけを書いており、ドワンゴの系列⑤は新旧の変化を並べただけです。こうした原始的な間違いはするべきではない(教員やバイト生はこのレベルで給料をもらって生活していても、受かる受験生はこんな間違いはまずやらない)ので、気をつけましょう。

 
⑦YS▲0+1〜2+1=2、3点
彼の言葉は、個人の内面に存していたプライバシーが個人情報へ変換されることで、▲その本質的な魅惑を失ったという変化を示しているということ。67字
⑧TS1+1+2=4点
かつて個人の本質とされた魅力ある内面のプライバシーの消失を断ずる言葉は、プライバシーが外部にデータ化された個人情報へと変質したことと符合するということ。76字
 Yゼミの解答⑦は「旧来のプライバシーの本質は魅惑にある」という説明が本文の語句の扱われ方と異なっているので減点です。T進の解答⑧は連体修飾がずるくて、魅力があるのは/消失するのは「内面」なのか「プライバシー空間」なのか(それとも両方なのか)を連体修飾による曖昧さの中にはぐらかしてしまっており、不明瞭なので減点がなされる可能性は十分にあります。

 
い君解答 1+▲1+0=2点
かつてプライバシーは個人の自己責任で定められた領域だったが、今日では私生活のあらゆる側面が情報として分析されるので、その範囲を定めるのは情報システムであること。
ろさん解答 0+2+▲1=3点
私達のプライバシーは情報化によって、個人の内面にあるものではなく、観察社会の個人を分析するデータの中にあるものになりつつあるということ。
はさん解答 1+2+1=4点
ボガードの言うプライバシーの消失は個人の内面や心の秘密をとりまく私生活よりそれを管理するシステムが保護の対象となったことを意味するということ。

 合格した「ろ」君は、「ではなく構文」にはディスり構文の曖昧さがあるから使わないようにする訓練をしたあとに、「先生から言われていたけどあえて」情報量を稼ぐためにここで用いたと言っていました。狭い解答欄の中で、旧来のプライバシーが「内面にはなくなった」の意味を暗示するために使っているわけですね。彼は結果的には文系120点中75か6点という得点開示上最高得点マイナス1点という高得点で合格しています。どのみちb要素(拠点の移行)を精密に描けずじまいにさせている点で、やはりあいまい構文は避けるべきであると私は思いますが、彼のとっさの機転と貪欲さには見習うべきところがあるでしょう。
 同じく合格した「は」君の答案は、字数の問題から〝近代の意味でのプライバシーが消失した〟と明示しなかったことでac要素ともに減点を受けており、そこが残念です。「でも先生の言う指定字数にどうしても入りませんよ(怒)」という指摘をその特講の日に受けたのを憶えていますが、プライバシーの新旧変化が文脈上の主題なので「ボガードの言うプライバシーの消失は」という箇所を「近代のプライバシー空間の消失は」に変えて説明を突っ込むのがいいでしょうね。

 さて、現役である「い」君の解答では、あいまいな逆接の構文で解答を始めたリカバリーに「あらゆる(例外なく)︙ので」が動員されていますが、緩い解答の書き出しを論理で軌道修正しようとしたことによって本来の設問の着地点(=かつてのプライバシーが情報に置き換えられ消失したこと/かつてのプライバシーの消失が情報システムに範囲決定への関与を一任させたこと)に戻ってこられなくなっていますので、自分が言及する論拠や論理的な言い回しに振り回されないようにあらためて注意をお願いします。

 特にセンター試験の直前は最初に仕上げを目指すタイミングであるため、自分自身に頭のキレと正確さをどうしても求めたくなる時期ですけれども、過度に理屈っぽいと全国40万人相手の最大公約数的なゆるい設問指示やくどい解答指示に対してうがった見方をしてしまい、ひっかけ問題に足を取られやすくなりますので注意してください(かつての私はモロそれでした)。

 

 

 
問5 傍線部オの「データ・ダブル」という語は筆者の考察におけるキーワードのひとつであり、筆者は他の箇所で、その意味について、個人の外部に「データが生み出す分身(ダブル)」と説明している。そのことをふまえて、筆者は今日の社会における個人のあり方をどのように考えているのか、一〇〇字以上一二〇字以内で述べよ。

 問4で、本当なら丁寧に本文中の〈r〉と絡めて分岐ⅱまでのストーリーテリングをするべきと言いましたが、〈rデータ・ダブル=データによる分身〉というこの注釈は、個々人の〝身体〟と対になっているということに可能ならばなるべく早く気がつくべきであることと関係しています。

 個人がその内面を契機にして社会的自己を統括修正維持して良いとされた時代は、その個人の「身体の周りや皮膚の内側とその私生活」で、ほんとは周囲から見えちゃっている齟齬の部分に拠点が置かれており、〝近代型のプライバシー〟概念が〝秘密裏に取り繕うのを許すその人の周りの魅惑の空間〟のかたちで発生していました。身体の周囲を包む物理的な空間と、生物個体に対する接し方の方針(思いやり)を指し示していたわけですね。

 対して、新しいプライバシー概念が〈rデータによる分身(ダブル)に拠点を置くようになると、かつて内面が維持管理していた社会的自己は情報として吸収されその情報に定義されるようになり「一人にしてもらえる魅惑の空間」という意味におけるある種のプライバシーの中身や性格(配慮がなされる物理的空間としての性格)転換し、終わってしまったのです。

 本文の分岐ⅱにおける〝情報化社会におけるプライバシー概念〟の働きは単純です。情報として再定義された〈r分身、身代わり〉としての個々人のデータを、統括維持するためのなにか(情報の管理システムや観察装置:テレスクリーン)にまつわる諸々のこと、あいまいではあるけれども、それが〝新しいプライバシー〟という概念が指し示すことがらなわけです。かつての属性であった物理的空間についてのことでも、生物個体に対する互恵的な優しさのことでもありません

 現実のケースに置き換えるならば、〝携帯する端末でいつでも本人がアップロードできるようにすること〟かもしれないし、〝GPS情報を勝手に社会の各サービスに飛ばして先回りしておくこと〟かもしれないし、〝個々人が一度犯した言動の履歴をデータとして未来永劫消されないように記録して国家や大企業が保有し続けること〟ですらあるかもしれないもはやかつて個人本人が責任主体として許され与えられてきた「秘密にする権利」や「改変する自由裁量」といった三次元空間での意味あいは何一つ残っていない・少なくとも守られることはないのです。

 それがex5と6付近に述べられているように、何ら「自由を侵害される」かたちでも「情報社会に言動を監視束縛される」かたちでもなくただ単純に「旧来のプライバシー概念にまつわる物理的、対人的な協力関係」を脱構築され消滅させられることで、私たちは情報化された新しい社会の成員となった―――SF小説であるex7「1984」のようにディストピアとして嘆いたり抵抗運動をしたりという余地すらなく、流行り廃りのレベルでまったく新しい世界秩序がやってきたということですね。

 これらのことはここまでの問1・2・3でもよく理解しておかなければならなかったはずのことですが、論拠の整理の段階でつまづいてしまって旧世代の予備校や教育機関はほとんど対応できなかったのが解答を見ているとよくわかります。問5を明快に解くうえでは、条件分岐ⅱまでの経緯を述べている問4くらいは少なくとも高い水準で理解しなければならないのですが、予備校の多くはとも私が急いで示したように指示内容と指定字数から説明できるだけの理屈を並べ立ててしのいでいるだけではないでしょうか。

 

問5、百二十字のおおよその解答要素を挙げるとすると、
 12345678901234567890
a 設定課題(個人の本質を社会が知るために)
 社会が個々人の社会的自己を知るための
b 情報化による社会の変化
 手段が(c要素>のように)推移したことは
c bにおける分岐ⅱへの変化の説明
((個人の私生活から)個人の写しとしての情報へと)
d 社会の変化に伴うプライバシー定義の変化の説明
 プライバシーの保護対象を(e要素>のように)変化させ
e dの変化の内容説明
 (個人の私生活から情報社会の構造自体へと)
f 個人の実体と〈r分身〉に関わる状況の変化
 そのため個人は同一性を維持する営みに対する社会的道義的な保護/配慮を奪われた

 ちょっと甘いと思いますが、各要素3点✕6要素、配点15点で模擬採点してみたいと思います。
 
①KY331000=7点
個人の行動や思考が情報として蓄積されていく中で、個人がおのれの内面を中心にして常に一貫した社会的自己を形成するという考え方に代わって、個人の外にある情報システムによって管理されるデータの集積を一つの人格だと見なす見方が浸透しっつある。117字
②SD033000=6点
情報化が進んだ現代社会における個人は、近代において社会的自己の根拠とされ心身に秘匿された実体的な内面から切り離されて、外部にある情報システムが管理するデータの集積としての個人情報に外在化してとらえられる仮想的表象へと変容しつつある。(116字)

 〝情報化によって個人が二つに分身した結果、社会的自己として保護されるのは本人の身辺ではなくて〈r影武者〉の方になった〟ということを書いておけば満点という採点なのですが、当の本人の身体についての言及がないのはどんなものなんでしょうか。分岐ⅱにおけるプライバシー定義の新局面への理解や気付きは知的冒険としてスリリングであると思いますが、レトリック〈r身代わり〉のテーマ性について思い至らないんでしょうね。ex7が分岐ⅱのことをディストピアだと説明しているというのに、悠長なもんですね

 
③AK333310=13点
今日の情報化社会では、社会的な自己は、近代社会のように個人の内面によって統括・管理される主体としてではなく、情報システムによってデータ化され、管理される個人情報の集積として存在し、プライバシーも個人情報の保護を対象とするように変化した。118字
④OB33100=10点
自己アイデンティティの基盤が私的思索や親密な関係性の中で育まれる個人の内面性から外的情報システムに登録された個人情報へ移行したことで、生身の心身に属する人格ではなくデータの集積として構成される人格に社会的自己の本質があるとみなされつつある。120字

 O文社の解答④は文章後半のex568がex7SF小説と同じかそれ以上のディストピアだということを読み取っていますが、タイトル〝ポスト・プライバシー〟とそのディストピア性との関わりを読み取れてはいないようで残念です。赤い本の解答4は、後出しの解答らしく既出の要素を総花的にまとめており高得点ですね。

 

⑤KD000000=0点
心の内面や私生活にあったプライバシーが、個人情報へと変換されることで、個人は自己を内面によって統括し、一元的にそれを管理する存在ではなくなり、主観的な「自己」と情報化され客観的に評価される自己に二元的に分裂し、人格の統一性を喪失しつつある。(120字)
⑥MJ 無回答
⑦YS133000=7点
個人の内面を拠点とし、私的な生活領域と密接に結びついて社会的自己を規定していたかつての自己像は、情報化社会の進展に伴って客観的な個人情報へ変換されるようになり、個人は内面から切り離された外的なデータとしての存在へ変質しつつあると考えている。120字

 ニコ動の系列でもある解答⑤は鮮やかな珍回答、ハイレベルな現代文副教材を出版している老舗MJ書院⑥は百二十字の解答を省略しています。
 皮肉にも、解答⑦のYゼミは表層的な〝変化のビフォー・アフター〟を説明することに躍起になるあまり、本文の設定課題「その人の社会的人格を知ること」(話の幹の部分)について、本文の新しい分岐ⅱ「人格の情報化」が〝ポストプライバシー〟時代においてその人々の暮らしをどう変えたのかを構造的に読み取るという論旨の整序がおざなりになってしまっています。

 

 
⑧TS033000=6点
個人が責任主体として内面からの統御により保持した統一性ある自己を社会的自己と見なす時代は終焉し、今日の情報化社会では個人は内面性ではなく、外的にデータ化された情報をプライバシー✕✕として✕✕システムにより評価、管理される存在に移行したと考えている。120字
「に」さん解答1※1233▲1=11点
以前の個人の内面や周辺環境に自己がある中でのプライバシーは終焉を迎え、今日の情報化社会の中では※▲個人情報へと変換されて(主語おかしい)管理を行うシステムそのものとなったため個人は情報化されたものとなり▲内面ではなく外部にさらされるものになったと考えている。

 解答⑧はすごい勢いでディスり構文を並べていますね。これでは話が曖昧になり放題、極めつけに間違った論拠で結論を急いで自滅しています。正直言って私も、今回は解答がすごく作りにくかったです。時間内に高い精度の解答を仕上げるには本文も設問指示も分かりにくすぎると思います。

 それからこちらで紹介した「に」君も、「ろ」君「は」君とともに合格した先輩の一人なのですが、彼は大学合格後に転科するのを念頭に置いて文Ⅲを狙ったという隠れ理系の人でした。▲ディスり構文が何を言っているかちょっと減点を入れざるを得ないのですけれども、分岐ⅱによって〈rデータの分身〉現実の身体の周り曝け出されてしまうという点では同じであることを自覚あるかどうか怪しいですがうまく指摘していて興味深いです。思えば〝才気あふれるけどかなり個性的〟な面々といろいろ頑張ってきたものですナァ。

 
い君解答 31110▲=6点
個人がかつて自身の周囲に築いたプライバシーが現代では全てシステムに管理されており、システムの責任で個人を客観的に評価するのに役立つ情報が抽出され、それに基づく評価が個人の意志にかかわらずその人の人格として扱われると筆者は考えている。

 「い」君の解答は、ex7が例示するような新しい社会秩序のディストピア性を▲ex4と関連付けて類推したのだと思います。類推は必要なことが多いし、よく具体例と関連付けたと評価するべきところなのですが、ここでよく考えるべきなのはより近くにある〈rレトリック〉=テーマ要素のほうであり、〝〈rデータ・ダブル〉=情報化された私の化身は、今後捏造されていくのかどうか〟という問題です。

 これはむしろ、本文の説明からするとどんどん情報化が進んでリアリティが増してゆき、精密な化身になっていくのではないでしょうか。むしろポケモンGOのために新幹線に乗って旅行するくせに現地の動物には目もくれないような、情報世界のなかでの存在を語る構造・システムの運営が、現実の生物の存在とその生活空間に対する社会的な配慮を失わせ、彼らを疎外していくのではないでしょうか。 

 というわけで、2010年度第一問『ポスト・プライバシー』の解答解説は、おしまいとさせていただきたいと思います。

 

 

 

 

 

問6 a=防壁 b=維持 c=攻撃 d=皮膚 e=保護

 

 

 

 

 

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 いやぁ、まったくもってどうしようもないボリュームの解説になってしまいました。ブログは二月まで同じペースでやるんですけど、私の直感で必要と感じている傾向と対策はまさにこのあたりの出題傾向、記述難易度です。何度も推敲して書いてもややこしいところを、ここまで読んでもらえて本当にありがとうございます。

 〈r〉が論理的な説明を省きつつ本文のテーマを示しているのだけれど、そもそもそこに至るまでの論理展開を分岐ⅱの最後まで追えている人がほとんどいない、というのが、まさに作題者によって綿密に計算された地獄絵図なのだなと私は思います。これまでに扱った2008年『反歴史論』の〈r 歴史というものの量的な重さ〉もまさに同じような難易度の飛躍でしたね。ロジカルシンキングや課題解決型学習というアプローチがそこに必ず盛り込まれるようになったのがこの時期からであり、読み解きと解答作成力記述力の両方で厳然たる得点差がつくようになったのでした。だからいまだに〝国語では差がつかない〟と平然と言い放つ先生を見ていると、トレーニングの場所としての教育現場の限界、敗北を私は感じるのです。せわしないNYGを離れたから言えるんだけどね。

 私には及びもつかない、途方もないレベルで第一問の出題の難易度管理がなされていることを、センターを受験する前に実感してもらえるとありがたいなと思っています。私の傾向と対策が当たるかどうかは確率の問題なのですが、第一問の出題水準や出題のバリエーションが一定の品質で管理されていることは厳然たる事実です。そこに向けたトレーニングは君たちを絶対に裏切りません。

 

 世代別人口比からすれば、君たちは就職難からだけは逃れられると思いますが、日本で暮らすかぎりはわりとディストピアな崩壊、瓦解が向こう十五年は続くと思います(※2017年度入試、伊藤徹の文章を参照のこと)この講座で掲げている論説文を読み解く能力を高卒段階で身につけていることは、大学を卒業、修了するまでの各人の進路に大きく関わる思考力や判断力の基礎となることでしょう。

 

 人生はシビアだけれど、「大学歴」でも、「ふわっとした地アタマの能力」でもなく、読解戦略とそのスキルが身についていること自体が財産だと思います。

 2020年が皆さんにとって良いスタートの年となることを祈っています。


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