リクエストありがとうございます。難解な印象の00年代の文章から、2008年度『反歴史論』を取り上げます。
一昨年の2018年度入試は同じく歴史の話でしたが、「事実に対するとらえかた」について歴史学は量子物理学と手法が同じだ、というそこそこ意外な着地点を理詰めできちんと説明させる問題でした。(2016年度京大入試『青天有月(オウムガイの話)』復習しておいてくださいね。「〝知る〟ということの力」について理詰めで説明させている点で、作題上のねらいは完全に同じものと言えます。)
もちろんこれは、現在では〝学部に入るまえから〟「言語による解説力」が「数式による説明力」とあわせて要求されているということであり、文系理系問わず、論文を書く能力を早期から求められるようになっていることの証でもあるでしょう。
2011年度(空間設計)、2013年度(詩の翻訳)、2016年度(共同型探究)に明らかなように、近年の出題のほうが全体的に論理関係の扱いが明示的に、また課題設定も具体的になってきているので、合否判定ぎりぎりの層の受験生にも言語による論理的な説明力を求めているということができると思います。出題のねらいに対して鈍感であることは、近年では非常に危険です。
では、この2008年の文章はどうなのでしょうか。この文章、ぱっと見た印象で「くどい感じの文系らしいテーマ」と思う人も少なくないと思うのですが、ここ数年の傾向をふまえた読解戦略で、高得点を狙うつもりで精読すると、ロジカルに読むことが事態打開の契機になっている文章であるのが分かります。
「論理的に読むことによるポジティブな〝救い〟」は、読む者にとっても課題解決のための大きな動機づけとなるはずです。ほぼ同じ解き方(論拠の整序)で解けるのに筆者の「議論の矮小化・言い逃れ」を要約するしかなかった05年度『哲学入門』と比べると、この年度の文章には課題解決へのプロセスに〝救い〟や〝達成感〟を感じることができ、それが入試現代文をロジカルシンキングすること自体に対する非常に重要な準備となっている。これはすでに上位の大学の学部教育で導入され始めていた、主体的な学びの一環と見るのが自然でしょう。
元号が改まり、GDP成長率ランキングOECD各国中三十七位(2017-2019)にまで衰退してもなお、ゼロから立ち上がることを求められているのが今の日本です。今度の入試は特にそうした前向きな賢慮や洞察を要求されることとなるはずです。うまく言語化して記述解答を完成させましょう。
2008年度第1問 宇野邦一『反歴史論』①:
・論理展開の整序の確認︙論拠の集約から整序まで
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【テキスト】T_2008年度東京大学第1問_宇野邦一『反歴史論』
【解説、マークアップ】2008年度東京大学第1問「反歴史論」
【各社解答】A_2008年度東京大学第1問_宇野邦一『反歴史論』
【2008年度 解答解説】
直近のPBL型の出題である2018年度入試は、同じく歴史の話ではありつつも〝事実に対するとらえかた〟についての根本的な議論であり、「デマ情報と歴史的事象とは何が違うか」が一二〇字記述の骨子となっていました。
量子物理学や地理学になぞらえさせる論証も、分野横断的に「考え方」自体をしつこく追究、説明させる問題でしたね。
2008年度の文章『反歴史論』については、実施当時はそのような扱われかたはなかったように記憶していますが、東大の学内においては教養課程の教育改革がすでに具体化するタイミングの作題であり、精読すればそれはすぐに分かります。
官僚文書作成マシーン的な処理能力を受験生に求めてきた従来型の設問が、京都大学も大幅な入試改革を行なった2000年度に形式的に減少し(設問構成の変化、要約二〇〇字作文の廃止)、大阪大学の国語の問題が論理的な説明力を重視するように変化したこの2008年度あたりから内容の面でも新しくなってきたと見てよいかと思います。
(だからこそ、去年はプチ解説で済ませている2007年度『読書について』を、皆さんが明快に解けるようになることに執心してきたのです)
とはいえ、もう解くだけです。特に難しいことはありません。
【本文の全体的な構造について】 ※昨年度の再編集でお届けするため、本文の下処理の順番が異なっていることがあります。最新、最適な処理の順序に適宜読み替えてください。
この年度もとっつきにくいですね。受験生には不得意な、一般人に優しくない(読みにくいという意味での)理屈っぽさです。ですから速読という点ではオチのかたまりがどこからどこまでかを、まず文章後半の2回の逆接(いわゆるディスり構文です)に注目して読み取りましょう。
4つある具体例の4番目、8段落はじめのex4(文章を書く自由、会社を辞める自由)の存在を確認すれば、
7段落(最初のディスりの補足部分)が、8段落の後半~9段落の内容と「同じことについて述べている」ことが分かります。
つまり、本文の後半は、2回の逆接が関連したものであり、
「『歴史』の強迫←にもかかわらず←〝筆者は反抗する。なぜならそれが歴史を生み出す前提条件だから〟」
||
「歴史の強制への反抗意志を表明←けれども←〝歴史を否定するわけではない。歴史とは、他者の行為の『痕跡』だし、それらとともにある私の喜びと苦しみと重さにほかならないから〟」
をひとまとまりのもの(後者の「けれども」以降は前者の「補足」であって前者と厳密に同一の内容というわけではありません)として理解すればよいことが見えてきます。そして同時に、整序すべき本文の論拠①(筆者による「歴史」の定義、前提条件)をちゃっかりここで得ることができました。
「exの前後が一つの意味段落としてまとめられる法則」は、古い文体ではかなり積極的に使うことができますね。
また、本文の前半部の内容についての読み取りですが、
最初のex1(中島敦『文字禍』)ex2(私の歴史、ナポレオンの歴史)は隣接しているので、1・2段落から3段落のコ系指示語のまとめ(=2、3倍の情報量があるセンテンス)までは(ex1と2の内容は対立するのだけれど)主張はひとつながりと考えてよいでしょう。
あとは3段落にある「コ系のまとめ――新展開」2つが何をまとめて、どこに話題を持っていこうとしているかを確認します。
ご存知のとおり、コ系指示語のあるセンテンスは、前世紀の東大現代文で使い古された、二つの話題を継承する日本語の重要構文です。
それを3段落についてまとめると、
コ系まとめ①―新展開
この巨大であいまいな領域(「記憶」の蓄積)に、―― 歴史学は支えられ成長している(歴史学の大前提だ)。……展開A
コ系まとめ②―新展開
このあいまい領域(「記憶」の蓄積)については、―― 長らく神話や伝承だけがわずかに情報を歴史学にもたらしていた。……展開B
という二つの展開が示唆されていることが見えますね。
ここまでいけば、察しのいい人は最初の作業(ディスり構文の解消)で確認した本文の終盤の内容『人々の自由な選択は、歴史を生み出す前提条件だ』に、展開Aがつながっていくことに気がつくでしょう。
また、展開Bは、4・5・6段落の「それほど昔のことではない」と「記憶の行為(=『記録』≒『痕跡』)として歴史をとらえるようになった」という箇所で、人々の記憶に支えられたものとして歴史を見る、つまり歴史学が人々の「記憶」からあらたに情報を得るようになる…という歴史学の変遷についての説明内容につながっていることも見えますでしょうか。
以上、駆け足でしたが、この文章の全ての段落について、関連が説明できました。以前の皆さんであれば読もうとする気も失せるような難解な文章なのですが、チート技を下処理の段階で大まかに導入できるくらいに熟達してくると、わりと短時間で攻略できる文章であることに気が付きます。
今回の解答解説で行くと、ここまで到達しているのは青本(駿台)の解答解説だけですね。論拠①(定義・前提条件)が3・4段落と7・8段落、そして10段落に繰り返され、それがほぼ同じことを述べていることが分からなければ、他の予備校みたいにブツ切りの解答を書き連ねるしかなくなってしまう。他社さんの模範解答はなかなか悲惨なことになっています。
今回の解答解説で行くと、ここまで到達しているのは青本(駿台)の解答解説だけですね。論拠①(定義・前提条件※【解説、マークアップ】PDF記事の下処理のページの説明は必ず見ておいてください。冒頭から続く対立関係について、論理的包含関係を根拠に決着がつき、文章をつらぬく比喩表現〈重み〉の理解につながる、たったこれだけの「論理的な読解」を当時ほとんどの人ができていなかった、主観的な読みと解釈に溺れて文章を読み通せなくなっていたというのは、ある意味驚きですらあります。
とはいえそれは過去の話。理屈っぽい文章をきちんと/速く処理することは現在において間違いなく「賢さの証明」として扱われる最上級の資質であると思います。原稿を手短かに上げるためざっくり書いていますが、ここまでの即解ができる人は現在の受験集団の中にもそうはいないはずです。自信を持って、読み解きの深さと速さを鍛えておきましょう。
正直なところ、ここまでの読解戦略が定着してしまえば、多少硬質な文章が出題されたとしても、現代文で当たり外れが生じることはありません。その状況に気づいてもらったうえで、本文をゼロから高速で構造分析していく訓練を、徹底的に何度も何度も自分に求めておくのが良いと思います。
とくに理科1~3類の国語の採点は、(科類ごとに採点がなされているという予備校の情報が本当であるならば)論理的な読み解きの力が評価の主眼となっているはずですから、ぬるい答え方をしている答案とちゃんと説明した答案との間に天地ほどの得点差が付けられていると思います。どうかこの訓練を、抜かりなくちゃんとやっておきましょう。
【解説、マークアップ】2008年度東京大学第1問「反歴史論」
※最近このブログを読めていなかった人は、このPDFに必ず目を通しておいてください。10月以降の随筆演習2(『馬の歯』)以降の記事で明確におすすめしている〈r〉とexとを関連付ける作業(私は〝〈r〉とexによるストーリーテリング〟と呼んでいますが)をやることによって、文中の言葉に対する解釈のブレ幅を大幅に抑えることが可能になります。
正直なところ、これを知らない予備校各社が可哀想に思えるくらいに、言い方悪いですがボッコボコに点差がついてしまいます。高難易度で〈r〉を出題する流れがいま改めてやってきていますので、是非とも読んでおいてください。20分かければコツは掴めます。どうか、お願いですから読んでください。
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