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    [レビュー]

    Vue3 フロントエンド開発の教科書

    WINGSプロジェクト 齊藤新三 著 山田祥寛 監修  技術評論社

    はじめに

    当方、私立の中学校高等学校で二十余年教壇に立ってきたいわゆる普通の学校教職員です。業務面でやってきたのはVBA for Aplicationくらいで、ExcelVBAを通じて他のアプリケーションを制御するとかPhotoshop等でバッチファイルを組んで効率化を目指すくらいのリテラシーしかありません。差し引いてお読みいただくようお願いいたします。

    復権するVue.js v3.2以降のための“教科書”

    本著は出版情報の段階から予約注文していましたが、同じ監修者による『これから始めるVue.js 3 実践入門(SBクリエイティブ刊、以下『実践入門』)』を出版の時点から読み込むだけ読み込んでいたので、実際届いてみてタイトルに“教科書”とあるとおりの、「狙いが明確な書籍」であるという印象を持ちました。

    情報量という意味では『実践入門』は既存の書物を圧倒して詳細であり、サンプルファイルの有用性も含めてVueの基礎から可能性についてまでこれでもかときちんと解説されていたわけですが、VueCLIが非標準とされPiniaがVuexに並び立ち、混迷の時期の発行になったのが惜しまれます。Vueのエコシステムの世代交代の問題に過ぎないのですが、一読者としては表層的なUIの部分でのVue2.x系との違いを手習いするものの、後半のアプリケーションの全体設計に触れ、内部の設計を見直すという肝心な実践の部分では、エコシステムの世代交代を様子見せざるを得ないところがありました。

    そうした状況は本著の刊行された2022年秋までに大きく様変わりし、Vueを導入しやすい環境が調ってきたと言ってよいと思います。

    昨年Ver3.2でscript setupが登場し、ビルド時間が劇的に短縮されたViteがVueCLIに代わって主流に置かれたことによって、ロジックが見えやすく各ファイル間の連携をその都度確認しやすくなり、Vueを使った開発体験の主眼が変わりました。またよりシンプルなPiniaがVuexを退けて公式化してしまったことも合わせて、本体がTypescriptで書き直されたVue3.x系 と Vite + Piniaを合わせたフレームワークとしての信頼性は、SPAなり小規模のWebアプリなりを組むための有効で定番の手段として、Vueを再認知させるまでになっているように感じます。またこの2022年秋の時点でも未確定の部分、サービスのデプロイメントに関わるセキュリティやファイル管理の問題についても、相性が悪いと言われていたVuexとNuxt.jsとのあいだの調整が、PiniaがゲームチェンジャーとしてVuexに代わる公式の存在となり、その高度さから次期Nuxt.jsのステート管理部分と選択式、というかたちで調整されているとのことで、Nuxt3.0のメジャーリリースに期待が高まる、前向きな“待ち”の時期にあります。

    また、あえてここでネガティブな側面で補足をするならば、職場の業務との兼ね合いでGoogle WorkspaceとFirebaseにSlidevやVuePressV2(いずれもいまだβ版)を導入しようと悪戦苦闘している素人の私個人としては、VueMasteryやVueSchool.ioを受講してフォーラムを検索し情報収集もしているものの、現状ではパッケージとしてすんなり外部のサービスに展開できるほど全体に整備された便利な状況にはなっていないように思います。もちろん私の習熟度の問題が極めて大きいのですが、言ってみれば「現状では、良くも悪くも、自分に必要なスケールとユースケースでのフロントエンド開発を自分でするしかない」のが、Vueの現在をとりまく情勢であるように思います。

    本著はその意味において、極めて時宜にかなった、タイミングに祝福された書籍と言えるのではないかと思います。

    あくまでフロントエンドの、言ってみればBootstrapやVuetifyの一部としてUIをレンダリングする部分で使われることの多かったバージョン2.xまでのVue.jsのリアクティブシステムのイメージから一線を画した、“フレームワークとしてのVue.js環境の教科書”として編まれていることが時節的にも特徴となっており、非常に理解しやすい章立てになっています。

    Viteを基盤としたVueのファイル構成や、JavascriptにおけるVueのリアクティブシステムのパフォーマンス上の利点などは、開発の体系がシンプルにまた明確になった今だからこそ概観し論じることができるものであるし、Piniaが必要ならば上位存在として包括的にNuxt3.0を管理できるという見通しがあるからこそ、Props・EmitからProvide・InjectそしてPiniaまでの情報の流れについての筋の通った説明と、slotやv-bindなどの小項目を手段として区別して整理する簡要な説明が可能になっているのだと思います。

    TypeScriptやハックを“通じて”、Vue.jsで開発する効率や使い方が見通せる本

    しかしながら、ただ時宜にかなった幸運な本、とするのは著者にたいへんな失礼になります。
    本著の内容は私にとっては完全に手習いをする対象、まさに教科書として今後とも参考にしていくほかないのですが、私が本著に敬服したのは、時宜を得たうえで、そこで大きく攻勢に出ているところです。

    著者の説明は極めて知的でありながら非常に練られており、あとがきにもあるように開発スケジュールやリリースされた情報をもとに何度も練り直されているのがとてもよく分かります。私自身はTypeScriptを使わないのと、昨年手習いした他書籍のVueCLI + TypeScript + Firebaseのサンプルが、型指定のところに誤植があってかえってビルドが記載どおりには通らなかったことがあり、ここで学べればいいなと思ってはいたものの、本著がTypeScriptによる教科書であることには多少身構えていました。しかし実際には、言語による説明は親子間関係や引数など型の継承が効果的であるところにとどめられており、またコードを簡略化した模式図が継承される型を示してくれることで、“TypeScriptを使うことを通じて”それぞれの手段の使い方と連携を明解に見通す作りになっているところが、解説書としてたいへんに優れている点だと感じます。

    またそうした明解で緊密な書籍の構成によって、2022年秋の現時点で扱えて実践することができる範囲での応用のアイデアを果敢に攻めているところも魅力であると思います。例えば本著第10章の基本編で、Nuxtに頼らなくてもVue Routerに親子間で取得するルーティングパラメータを渡すことで個々のケースでの表示画面のルーティングリンクを生成させるアイデアは、概念としてVueの諸機能を個々に説明するあいだは解説することが困難なものであると思われますが、これが解説の一環として述べられているのは書籍の構成の妙というほかありません。

    その他、Piniaは外部データストレージサービスとの連携の手段として応用されることが「基本編」のなかで解説されていたり、外部サービスにデプロイする記述はなくても自前の物理サーバーでは不要であろうところまで応用編では説明されていたりなど、アイデアが先進的でしかも使い方が先走っていることによって、諸機能の内容解説と発展的な実践例の紹介を兼ねており、一般の読者の予想のやや斜め上を行く、これでもかこれでもかというほどにサービス過剰な、展開の面白い書籍の内容になっているとも言えると思います。

    プロフィールを見ますと大阪の専門学校で教えてらっしゃるとのことで、なるほど納得、世話焼きのお人柄がしのばれます。

    おわりに

    Vue2.x開発環境と流行するTypeScriptとの相性の悪さ、VuexとNuxt2の決着しないステート管理の問題、Windowsに至ってはNode.jsのバージョン管理の問題などもあり、ただでさえどことどこが繋がっているか分かりにくいVueにフレームワークとして腰を据えて向き合うということは、少なくとも雑務の多いなか片手間で学習するほかない一般のオフィスユーザーにとっては長い間きわめて困難な作業であったのではないかと思います。

    私個人としてはWebクローリングを含めたテキストマイニングと並行して、日本語のテキスト分析や係り承け関係の研究とその可視化について興味を持っており、Vueは長らくその表示手段として以前から書籍を買い集めて読んでは来ましたが、システムを構築する手段という認識は困難でした。

    今年は実際にシステム開発を目標に夏の研修期間を使って大量に資料を買い込みVueに関するオンライン講義を受けているため、レビューを買って出ながらも現段階ではサンプルコードのハンズオンの検証までできていませんが、本著はタイトルどおりようやく刊行された「教科書」として、Vue3系におけるそれぞれの機能や項目のとらえかたを初中級者に指し示す間違いのない良著であると思います。

    最後に欲を申し上げるとするならば、Nuxt3.0が、いかにNuxt2.x+VueCLIの環境からのスムーズな移行をアシストできるかによって、今後のユーザー人口やマーケット規模が関わってきてしまうのだろうと推測はいたしますが、本著の著者の齊藤先生や監修の山田先生には、Nuxt3.0が出た段階で、各クラウドサービスへのデプロイのしかたやコンポーザブル関数の実際的な切り出し(カスタムフック化)のしかた、WebAPIのホスティングなど、システムを実際に配置展開したうえで事後に拡張していくさいの実践的なアイデアの書籍を次に執筆していただけないかなと思います。

    Vueのエコシステムとそれに基づいたコミュニティーが、今後大きく発展していくことを祈っています。

     

     


  • それでも残る比喩表現の問題

     
    ③ロジカルシンキング
    それでも残る比喩表現の問題
     いまだ悩んでいる部分なので、本試験前のアドバイスとして大したことは書けませんけど、見極めを問われているものとして、「論理は比喩を超越できるのか」という問いかけがあると思います。
     結論から言えば、論理は比喩を「超越しないことが多い」です。戦略まとめの最後の項目はそれについてのかんたんな考察です。
     戦略まとめの②の一連の説明のなかで、具体例と比喩表現によって本文のあらすじを通しで説明する(私がストーリーテリングと読んでいるもの)作業の重要性は述べましたが、そこで「描かれるストーリーライン」は、筆者の論理的な説明によって本当にすべて説明し尽くされるのだろうか。そこにいまだ論理的な飛躍があるとするならば、その飛躍の存在を明確に示すところまでを問われているのではないだろうか。
     言いたいことは、それだけと言えばまぁそれだけです。
     特に関連する記事として挙げるならば

    このあたりになるかと思うのですが、

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  • 複数の論拠の整序を行う理由

     
    ③ロジカルシンキング
    複数の論拠の整序を行う理由
     これは論理的読解力そのものの議論になるので、ロジカルシンキングに関する他の項目記事と比べれば、比較的簡単なTips的記事にならざるを得ないと思います。解くなかで感じてもらいたい、論拠の単純化の大切さについての話を簡潔にさせてください。

     実際に実演している代表的な記事は以下のとおりです(リンク先には説明が冗長なものもありますので、今回は、まずこの記事で説明する方法論を読んでから参照してください):

    東大実戦過去問 篠原雅武『空間について』
    【実践問題PDF】力試し 東大実戦 篠原雅武『空間について』
    【実践問題解説】いきなり解説配信 読んで!! 篠原雅武『空間について』
    ※〝都市の豊かさ〟と〝周縁〟という筆者の定義についての概念的な捉え方をどうすべきかについての補足(「図形的な中心――周縁」ではないことが後半の具体例引用によって明らかになる)が、文章後半になってようやく現れて意味が分かってくるので、忍耐強く読んでまとめる必要がある。

    二〇一二年度第1問 河野哲也『意識は実在しない』
    【プチ解説】二〇一二年度第1問「意識は実在しない」について
    ※〝資源の摂取〟という近代の物心二元論的な捉え方が、自然環境と人間社会の二つに向けられているのは一見よくある近代文明論のパターンだが、何を資源として分解しているのかについて注意して読み取らないと、二つのテーマを相同的に説明する本文の述べ方をきちんと記述解答に落とし込むことができないので要注意。〝書かせて点差をつけ、落とす〟パターンの良問と言える。

    二〇〇七年度第1問 浅沼圭司『読書について』
    07年度『読書について』を〈読まないタケトミ現代文〉
    07年度『読書について』全体読解 理屈っぽいと何が困るのか
    07年度『読書について』超難問 前回までのおさらい(重要)
    演習2 07年度『読書について』論旨を読み解くチート技のパズルこれって要するに過去3年の出題傾向じゃないの?続演習2 二〇〇七年度「読書について」①ゲームチェンジャーの登場をどう書くか
    もっとも論旨をつかみにくい年度であると思われる。本文前半の段階で、〝芸術におけるジャンル〟が芸術作品に対してどのように機能するかを見て取ったうえで、後半の具体例の推移から作者のじっさい携わる現代美術においてその機能がどう生きるのか前提として据え直しながら考えなければならない。具体例から筆者の興味関心を間接的に読み取らないかぎりは筆者の問題意識を掴み取るすべが見当たらないところが、学術論文の実態を映しながらも大変読みにくい論説文であると思われる。

    二〇一九年度 お茶の水女子大学 第1問『現代思想講義』
    【実践問題】①我思う、ゆえに女子大に在り!?〈飛躍する言葉〉の必要性
    【実践問題】②〝自由記述〟長文記述が複数ある大問にひそむ〝大人の事情〟
    【実践問題】③公開採点(前編)〝自我の本質はbでもないしAでもない〟本文の論拠整序なしで解答は不可能※続き書けてません
    ※東京大学の出題水準を超えた、難易度の高い文章。大きく二つのことについて交互に論じているため、どちらの論理についてどこで述べ直しているのかをたどるのがかなり難しい。しかも〝自我の本質はbでもないしAでもない〟という否定の文脈が、要素Aと要素Bを否定している否定のあり方が異なる(要素Bについては下位分類bとして扱うことへの否定であって、要素B自体の否定ではないことを示す必要があるのが、哲学的な知識と同時にカテゴリー的な論理的考察力を要求する良問だと言える。ただし、小論文用に結論に瑕疵のある文章が選ばれており非常に読後感が悪い。東大の問題はまだまだ易しいほうなのだ)

    二〇〇九年度第1問 原 研哉『白』
    ①一見簡単な「評論」を珍しく出題した大学の意図とは
    ②【論拠の構成の総括】テーマに関わる論理展開の分岐
    ③放棄された結論――勘所は中盤にあり
    ※最終段落の語り口はたいへん威勢が良いものの、中盤の論理展開の深さを筆者が投げ出しているたいへん整わない文章。中盤の読解について問う設問が出たとしたらかなり難しい大問に化けた可能性がある。この辺も二〇一九年度お茶大の問題と似て、東大の問題はちゃんと手加減してもらっていることを痛感させられるヒヤッとする局所的な読み取りの難しさがある。

     この部分に関しては最も扱った記事の本数が多く、活字化するのに最も苦しんでこだわってきたと言わざるをえないのが正直なところです。対面授業でやれれば別に問題はないのだけれども、テキストでいくら文字を重ねたとしても伝わる気がしないので、右の参照記事も途中でやめてしまった(即効性の高い別の演習記事を優先した)ものも多く、読むさいには気をつけてもらいたいものもあります。

     「戦略まとめ」記事としての結論を先にいうと、伏線を回収しながらそれぞれの論拠をよりシンプルに、シンプルに集約していくことがいかに重要かということになります。とりあえずそれを理解してもらいたいです。

     論理的な補足・新しい観点の提示のまとめかたという意味では、ディスり構文の集約のしかたとも通じるところがあるので、別項目東京大学的紆余曲折文章の抄訳問題も併せて参照してください。
    そのうえで、
    類似の論拠は多少述べかたを揃えて整えながらまとめないと、
    その論拠にさらに関わってくる複数の要素(主語・目的語要素などが細かく抱え込んだ事情・背景など)を拾い集めることができなくなる

    論拠の連鎖(いわゆる論理展開)を分岐させる論拠の存在とその射程範囲を見定めることが困難になる
     などが問題になってくると思います。

     この記事では、右の①・②の大きく二つを挙げておこうと思いますが、本試験のそれぞれの年度によって、論拠の入り組み方はさまざまに異なってきます。東京大学の現代文第1問、および文系第4問では、途中の小問でこうした論理の交通整理が問われることが多いので、言われるまでもないと感じる人も多いことでしょう。

     問題は、文章のテーマによっては筆者が全く別のモノとして扱っている複数の題材に同じロジックが使われることもあるし、同じロジックが使えることによって複数のモノを同じ題材として扱おうとしていることもあるというところにあります。残念ながら、これについては筆者の論じ方しだいなので、解答者側ではどうにも防ぎようがありません。面倒くさいと多くの人が感じるところでもあるし、テーマ学習的な知識から当て推量で読み解くとまったくテキストと異なった読解・記述解答になってしまう可能性もあるでしょう。実際、S台青本の解答例の多くが論旨と異なった決め打ちの解答をしており、既存の知識で生半可に齧り読みをすることの危険性をよく教えてくれます。

     これらに関しては、基礎的な読み取りと書き分けを授業ではなるべく丁寧に行うように心がけています。既卒生NYG32期生の授業では、二〇一六年度第4問 堀江敏幸『青空の中和のあとに』の問2、問3(〝青〟の区別という各論から伏線回収しつつ本線の主と従の関係を確認し直す)、ピアノと指の骨の話(一九九六年度第5問 三善晃『指の骨に宿る人間の記憶』)あたりで細かく記述訓練を行いました。二〇〇三年度第1問「霊の目」についての民俗学的考察の文章も、こうした細かい論拠の整理という点でたいへん優れた出題であると言ってよいと思います。

     過去問演習のなかで筆者にケースバイケースで併せていくしかない部分なので、このくらいで筆を置きたいと思います。ブログを運営する私の希望からすれば、遠隔動画授業でこうした細かい説明がわかりやすく実演できるようになるようになりたいと考えて、日々技術的なレベルアップに努めていますが、私一人の実力と作業量では、すぐに実現できるものでもないのです。今すぐ皆さんの力になれないのを申し訳なく思いますが、「戦略まとめ」の別項目の内容を読んでもらったうえで過去記事の演習を自学自習してもらえたらうれしいです。


  • 場合分けを語るなかで見えてくる前提条件

     
    ③ロジカルシンキング
    場合分けを語るなかで見えてくる前提条件
     ロジカルシンキング、アクティブラーニング、課題解決型の文章において、本文終盤の読み取り全般的な記述問題の仕上がりに強烈な得点格差をもたらす〝後出しの前提条件〟についての説明です。読者と共有された課題設定・問題意識の確認のしかたと併せて、必ず読んでください。

    【関連記事】
    二〇一六年第1問「反知性主義者たちの肖像」
    ①アクティブラーニング導入後の東大入試に向けた解法
    ②AL導入後の入試戦略 開始5分の謎解きで大勢は決す
    ③批評的思考 「筆者の立ち位置」把握した瞬間、何が起こるか?
    ④【書きかたと模範解答】相手に届く、濃密で簡潔な論拠の書きかた

    二〇一〇年度第1問 阪本俊生『ポスト・プライバシー』
    ①論理の渋滞、赤信号を前に文明人が読むべきところ
    ②(問123解答編)幹から枝へ、PBLで分かれているのは段落じゃない
    ③(問45解答編)後出しの条件分岐、その先にある〈r〉の説明
    【プチ解説】二〇一五年度第1問 池上哲司『傍らにあること─老いと介護の倫理学』〝なんでお母さんにもっと早く言わないの!?〟ディスりの果てまで置き去りになった論拠の恐ろしさ
    【プチ解説】二〇一七年度第1問『芸術家たちの精神史─日本近代化を巡る哲学─』何だこれ…チート技総動員の文章PBL系として解く順序を最終確認しよう

     集合論・ベン図でいえば、この問題は〝元(げん)〟の問題、全体集合の問題ということができると思います。記号や集合によって包含関係を表すと、一番大きな集合を表す部分が本文のあとの方になって説明されることがあるということです。

     日本語に限らず、言語による論理は全体の関係図を示すのに時間がかかります。もともと個々の文脈がそれぞれの命題についての宣言や説明であるかぎりは、これは避けられないことです。それが、「全体の関係性を一望のもとにおく」ことを前提とする、記号による論理学との大きな違いとなって現れます。
     解決策を一言で言えば、すべての前提条件となる論拠を、本文前半で述べられた命題・主張にも関わるように〝脳内の論理関係図〟をアップデートするということになります。これがうまくできれば、大幅な得点差につながることは間違いありません。

     これについては、演習して自分の記述解答を点検していく作業ですから、先に挙げた二〇一六年度や、二〇一〇年度の記事を読みながら丁寧に解答を作ってみてください。これは「戦略まとめ」の別の項目「読者と共有された課題設定・問題意識の確認のしかた」とともに、ちょっと気をつければできるようになることですから、数学の大問の証明・解答作業と同じように、論理的にまっとうに漏れなく記述解答に記していくように心がけてもらいたいと思います。

     ただ、出題パターンを俯瞰するこの記事としては、もう少し違う角度からこの出題の意味を考えてみたいと思うのです。
     それは、なぜ筆者はあとになって全体の前提条件を説明し始めたのか?という観点の重要性です。

     この問いについては、各年度の問題演習を行ったあとでないと理解ができない可能性が高いのです(だから頑張ってやってくださいね)けれども、一言でその答えを言うならば、「その前提条件が一般的に言ってもほとんど顧みられない盲点になっていることへの指摘を兼ねているから」ということになるでしょうか。
     つまり、論理〝展開〟という言語による論理的な説明に特有の〝新情報〟として、その論拠の重要性・論理的上位性を強調しているというような説明になると思います。

     最も高位・高い次元のメタ認知としての前提条件が、論述の最後の方に置かれることがあるということを、論拠の説明の一つのあり方としてあらかじめ覚えておいてもらえたら、このパターンの出題に対して深い理解ができるのではないでしょうか。裏を返せば、わたしたちは数学や物理化学の大問を「あらかじめ完全に解き切れる各論」として与えられることに慣れすぎている、という言い方もできるでしょう。
     受験における理数系の大問は、きちんと説明してし尽くせるように細かい前提条件が冒頭に列記されているけれども、実際にその分野を研究するうえでは、最初に設定した条件設定ではすべてを語り尽くせないのが普通であり、それを解決する突破口こそが、新たな理論的地平を見せてくれるというところと、この〝論説文における前提条件の後出し問題〟とは対応しているのではないか。そのように私は考えます。

     「そんなこといわずにさぁ、結論から先に言えよ」みたいに考えることも、ある意味正しいと思いますけど、ロジカルシンキングや課題解決学習においては、一つの気づきから次の課題を見つけていくという論理の積み上げの主体的なプロセスが重要になるわけです。それは大学院大学の運営が〝大学院〟主体になった構造改革後の日本において、ちゃんと自分で調べて自分で考えて自分で追究していく人材を青田買いするための非常に重要な選抜の観点となっています。
     市井の現代思想的テーマ理解・博識どまりのテーマ学習の、その先に自分で進んでいける人材を、あえて論理的に未熟なテキストを出典にして選抜している現実について正しく理解して、現行の〝理系三問・文系四問〟の大問構成で高得点を上げてもらえたらうれしいです。


  • 読者と共有された課題設定・問題意識の確認のしかた

     
    ③ロジカルシンキング
    読者と共有された課題設定・問題意識の確認のしかた
     ロジカルシンキング・アクティブラーニング・クリティカルシンキング・課題解決学習などの呼び名で、大学構造改革後に盛んに扱われるようになった、日本語の枠に囚われない〝問題事象を論理的に考える取り組み〟についての力を問う出題パターンです。

     過去十年間で多くの大学に浸透し、中学や高校にもその教え方が下りてきましたので、知っている人も多いと思います。実際に見てみましょう。
    【関連記事】
    二〇一六年第1問「反知性主義者たちの肖像」
    ①【プチ解説】アクティブラーニング導入後の東大入試に向けた解法
    ②AL導入後の入試戦略 開始5分の謎解きで大勢は決す
    ③批評的思考 「筆者の立ち位置」把握した瞬間、何が起こるか?
    ④【書きかたと模範解答】相手に届く、濃密で簡潔な論拠の書きかた

    二〇一一年度第1問「風景の中の環境哲学」
    ①PBL系の例題 復習対策して速解を目指そう
    ②【PBL系に複数の〈r〉の解き方】
    ③解答編前半PBL型文章 論旨の整序と標準解答
    ④解答編後半ディベート的120字記述はここ数年の定番です

    【プチプチ解説】二〇二〇年度第1問 小坂井敏晶『神の亡霊 近代の原罪』

     
     詳細は右のリンクから読んでいただきたいのですが、この記事で述べておきたいことは、ロジカルシンキングにおいては、〝現代社会を読み解く〟という広い意識でテキストを読み解くのではないということです。

     これはS台予備校が盛大に間違い続ける部分です。〝課題解決学習〟という言葉が如実に表すとおり、設定された問題意識のもとで、与えられた課題を論理的に解決していくというスタートもゴールも設定された論理的ゲーム、それがこのジャンルの出題の特徴になっています。

     ですから、アクティブラーニングという言葉が与えるような主体的・積極的なイメージよりは、状況と設定の上ではそうするよりほかはないという条件依存型の論理ゲームととらえたほうが自然かもしれません。皆さんの世代の何割かはアクティブラーニングを授業や総合的な学習作業で経験したことがあると思いますので、自分でやるしかないしやり方もちゃんとするしかないという感覚は、なんとなく覚えがある人も多いでしょう。

     すると、現代社会の諸相を読み解くみたいな広汎なテーマ設定・問題意識は必ずや本文中の各論的な小さなゴール設定の邪魔になります。これはかならず邪魔になってしまうのです。二〇一一年『風景の中の環境哲学』みたいにとても具体的でわかり易いテーマ(〝都市郊外=日常生活空間の周辺、としての河川敷の空間設計〟)だったらいいのですが、二〇一六年の内田樹の文章のように、学術的な見地から政治的に対立する考え方をする集団を批判するような文章では、「現代文はテキストの読解を通じて現代社会を生きる知恵を学ぶんだ」みたいな功利的な読み方に毒された人間ではかならずや対応しきれなくなります。

     この二〇一六年度に限らず、つい最近の二〇二〇年度も同じコンセプトの出題になりますが、不祥事を起こした与党議員みたいな政治的強者の側の論理特定の見地から改善しようという目的意識をもって正そうとする文章は多く出題されています。これを政治的多数派の側で読んでしまうような世知に長けた功利的な読みをする人たちは、筆者の設定したガイドラインにまったく重ならない記述をしてしまうことになるわけですから、読解力にせよ記述力にせよ、実力と全く関係なくバッサリと切られてしまうということになるでしょう。

     詳細は、それぞれの年度の記事を読んでください。読みやすいのは二〇一一年ですが、二〇一一年はかなり細かいところまで記述に論理的な表現力と、複数の比喩表現による伏線の正確な説明力を問うていますので、記述解答を作るまでには結構な練習が必要になります。記述力についての最終的な仕上げとして、この年度を直前にきっちりと記述解答を作ってみるといいかもしれません。

     二〇一六年度のほうは、テキスト本文の中で同じ内容の場合分けについて離れた箇所で説明が改めてなされており、それを伏線解消して総合しないと記述説明が完成しないという意味で、中身はかんたんなのですが忍耐力が要求されます。どちらが簡単に思えるかは人によるでしょう。「︙︙だが、︙︙ではなく」みたいなヨワヨワな記述しかできない人は、二〇一六年度を先に記述練習するべきだと思います

     さて、直近の二〇二〇年度は、ゴール設定が「ヨーロッパ近代思想の二重の落とし穴を説明するため」であるということを正しく意識することが最も重要になってきます。つまりヨーロッパ近代の〝個人主義〟〝理性〟についての説明をしている現代文重要テーマ解説的な文章などでは断じてなくって理性という概念にも落とし穴があるし、その落とし穴を解決するためのアファーマティブ・アクションにもさらなる落とし穴があるという落とし穴の入れ子構造を正しく読み取って説明するところに直接的なテーマがあるのです。

     二〇二〇年度については、詳細な記事をまだ書けていませんけれども、右に述べた入れ子構造をまず読み取るだけで卒倒しそうなややこしさになっていると思います。冒頭の数段落の内容と、最終の結論部の内容とが同じゴールについて述べた文章であることに気がつくためには、課題設定の文脈〝︙するためには・うえでは〟にきっちりと目印・傍線をつけることが非常に重要になったことでしょう。これをやらない限りは、問一の段階で皆さんの読解は大暴走してしまっているはずです。

     また、二〇年度は「日本は二重の落とし穴のどこにいるのか」/「アメリカのBLMは二重の落とし穴のどこにいるのか」を正確に理解することにも、正確に説明することにも、かなりの労力がかかる恐ろしい問題だと言っていいと思います。現代社会を広汎に読み解く観点からすると、日本においてメリトクラシーが本当に機能しているのかとか、アメリカにとってサンダース的社会民主主義が本当に目指すべきゴールなのかとか、日本の位置づけはほんとうにそこで合っているのかとか、小坂井氏の文章は問題点が山積みで、教科書的に正しいことを述べている文章ではないのです。これは一六年度の内田氏の反知性主義についての認識についても同じで、内田氏の主張の正当性の怪しさ(政治的な文脈を説明すれば、これは〝政治家は学者でない〟というほぼ自明なことを根拠にした、第一次安倍政権に対する論拠薄弱な批判・強弁に分類されるはずです)の指摘は避けられず、政治的な正しさの検証は保留しなければ解答できない部類に入ることでしょう。

     それでもなお、解答する受験生は筆者の論旨のとおり、課題設定のとおりに論理的な説明を目指さなければならない課題解決型の論理的な文章においては、「現代社会を見通すうえで良い学びにつながった」みたいな自己満足的なテーマ学習のイメージで読解に当たることはけっしてやってはいけないということを、肝に銘じておいてほしいと思います。

     さて、ここで説明し尽くしていない〝論拠の整序〟〝論拠と比喩の関係〟については、別の項目:
    複数の論拠の整序を行う理由
    場合分けを語るなかで見えてくる前提条件、それから
    それでも残る比喩表現の問題で説明をしていますので、そちらを参照してください。二〇一一年度にも二〇一六年度にも、二〇二〇年度にない年度なりに追求された難しさがあるのです。テキスト本文の主旨が読みやすいとか文体が平易だとかテーマ学習は中学生の内に終わらせたとか馬鹿なことばっかり言ってちゃいいけないのです。
     本当の難しさは、解答を仕上げるまでの作業のなかでよぅく味わってください。